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コトッという小さな音と、ヒスイが動く気配がした。
部屋に戻ってしまうのかと考え、悄然とした気持ちが湧き上がってくる。
行かないで欲しいと縋りたい。それなのに俯いた顔を上げて、ヒスイを止めることも出来なかった。
「一瞬、幸朗と似てるかと思ったけど……全然そんな事なかった」
間近でヒスイの声がして、天野はすぐさま視線を向ける。すぐ隣に腰を降ろしたヒスイが、顔を顰めて俯いていた。
「さっきまでの威勢は、何だったんだよ」
「っ……」
「日本男児がそんなに女々しくて良いのか?」
何も言い返せず、涙だけが無駄に流れ落ちていく。
「……無駄な涙流すなよ。勿体無い」
励ます為に言っているのか、それとも本気でそう思っているのだろうか。
この涙をヒスイが舐めたとしたら、どうなるのか気になった。それ以前に、こんな悲しみに満ち溢れた涙なんて舐めたいとなんて思わないはずだ。
天野は着物の袖で拭おうと腕をあげると、強い力でヒスイに手首を掴まれる。
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