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「ただなんだ? 貴様の父親が頭を下げてきたから承諾してやったのに、随分と親不孝な息子だな」  男の呆れたような物言いに、返す言葉が見つからない。  自分が身一つで乗り込んだ事に後悔の念が込み上げるも、すぐさま思考を振り払い固く唇を噛み締める。こうなることも覚悟の上で乗り込んだのだ。  そんな心持ちとは裏腹に、震え出している手は酷く惨めで、悔しさと情けなさに涙が目の縁を覆っていく。 「今度は何だ。泣いて情でも誘おうという腹積もりなのか? 生憎《あいにく》だが、俺は泣いている姿に酷く興奮する質《たち》でね」  男が椅子から立ち上がると、目の前にしゃがみ込んだ。全身が金縛りに合ったように動けなくなり、男の品定めするような視線に晒される。 「……なかなか悪くないな。男の扱いはどうも不特手だが、これを機に体得しておくのも悪くない」  男が冷笑し、長い指先を近づけ頬を撫でていく。意図が読めず訝しげな視線を向けると、男は少しだけ呆気に取られた表情に変わった。

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