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 天野は造船業を営む家に生まれた。  父と母と妹の四人家族で、父は仕事でほとんど家にいなかった。妹の泰子は三歳下で女学校に通う、器量が良いが気の強い女性だ。  当時は第一次世界大戦によって日本は好景気を迎え、造船業を営んでいた天野家もそれにあやかり一気に船成金と呼ばれるほどの富を得た。  父はより一層仕事に精を出し、病気がちだった母を放ったらかしにして滅多に家に戻ることはない。そんな事より、この好景気に取り残されまいと目先の欲に走っているようだった。  金銭に余裕がある分、都内に暮らして良い教育を受けることが出来たが、母の様態は悪化の糸を辿っていて、特に肺を病んでいたようだった。都内では車が多く走っていた事もあり、その排気ガスのせいで外出もままならない。  その事に気に病んでいた天野は渋る父に頼み込み、母を自然豊かな地へと移した。その場所はかつて、偽りの家族旅行をした島だ。天野も一緒に移りたかったが、学業を疎かにすることを母が反対して断念した。  母が療養先に移った後も父は母の見舞いには行かず、学業の合間を縫って天野と泰子だけで母の見舞いに行っていた。  天野にとって父は守銭奴《しゅせんど》にしか他ならず、自分達兄妹や母を放ったらかしにする人でなしとしか思っていない。

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