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そんな細《ささ》やかな幸せを裏切るように、翌週の夕食時に泰子が食事の席に現れかったのだ。
今までそんな事は滅多になく、夕食は必ず二人で取るようにしていて何か用事があるのなら事前に教え合っている。
何も聞いていなかったこともあってか嫌な予感が胸に込み上げ、天野は女中に泰子の居所を訪ねて回った。
部屋に戻っていると分かるや否や、天野は急ぎ足で泰子の部屋へと向かう。扉をノックするも中から反応はなく、焦りと不安から汗が背を伝っていく。
居ても立っても居られず、「開けるよ」と天野は声をかけると、静かにドアノブを回す。
暗い室内にベッドに顔を埋め嗚咽を零す泰子の姿があった。安堵したと同時に、血の気が一気に引いていく。
母が死んだときですら涙を見せず、「これからは二人でお母様の分まで生きていきましょう」と天野の手を握っていた。そんな気性な妹の姿は影を潜め、目の前ではか細く肩を震わせている。
「一体、どうしたんだい?」
天野は慌てて駆け寄り、泰子の肩を抱く。今までにない状況に、天野は頭が真っ白になり混乱していた。
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