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やっと泰子が顔を上げ、泣き腫らした目元で天野に視線を向ける。泰子の気の強そうな目元が今は涙で光っていて、天野の心が押しつぶされそうになってしまう。
「お父様が……高松家の達久さんとの婚約を勝手にお決めになったの」
泰子は悔しげに唇を噛み締めると、再びベッドに突っ伏してしまう。
あまりの事に天野は言葉を失い、青ざめた顔を俯ける。
高松家は公家であるため、膨大な土地と財産を持っていた。達久はそこの嫡子男で次期、家督を継ぐことになる。そんな家の長男と婚約するとなれば、天野家にとっても大きな利益となるだろう。
ただの公家の長男ならば、泰子も此処までふさぎ込んだりはしない。問題なのは、達久という男の素性だ。
彼は噂になるほどの嗜虐的思考の持ち主で、女性に対して暴行を加えて殺しかけたという話もある。嘘か真か分からなかったが、天野の学友も時々、噂話として持ちかけてくることがあった。
火のないところに煙は立たない。もし本当なのだとしたら、大切な妹がそんな男の所に嫁ぐだなんて、兄として見過ごすわけにいかなかった。
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