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「大丈夫だ。僕がなんとかするから」
泰子の背を擦り、優しく訴えかける。今は気休めの言葉しかかけられないが、本気でどうにかするつもりだった。今まで幾度となく、背を押してくれた気性な妹の窮地に引腰になるわけにはいかない。
「お兄様……無茶はなさらないで……私は平気ですから」
青ざめた顔でさめざめと泣きくれる泰子は、言葉とは裏腹に酷く怯えていた。こんな時でさえ、自分よりも兄を思いやる妹に、心臓を鷲掴みにされたかのように苦しくなる。
女学校でも達久の事は、噂になっているのだろう。そうでなければ、男に興味のない泰子が知るはずはない。
天野は父に対する憎しみを、無理やり奥歯を噛み締めて押し殺す。泰子の手前、自分までも取り乱さないようにと自制心を必死に働かせた。
「本当に大丈夫だから、何も心配する事はないよ」
天野は力強く泰子の肩を抱くと、「絶対なんとかしてみせるから」と自分にも言い聞かせるように囁いた。
翌日。天野は早速、父を探し回った。決めたのは父であることは間違いないし、達久という男の素性を知っていてそんな決めたのであれば、断じて許すまじきことだった。
父は自国までに留まらず、海外の輸出にまで触手を伸ばそうとしているようで、この時既に海外に飛んでしまっているようだった。
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