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父は着くなり仕事をしに行ってしまい、自分たちは旅館に押し込められたままで名ばかりの家族旅行を過ごしていた。あまりの退屈さに騒ぎ立てる九才の泰子を連れて海に行った際に、自分と年端の変わらない恭治と知り合った。
「そうだ。湿気た面したお前を見て俺が声をかけた。あの頃から何処か、お前は儚げで放ってはおけなかった」
歩みを緩め天野の隣に並んだ恭治は、少し複雑そうな表情で微笑む。
「母さんの療養中や死んだ時も、恭治やおばさん達には世話になったよ。あの時は本当に助かった。礼を言うよ」
当時の事を思い出し、天野は感傷的な心持ちになってしまう。何かと恭治の家族にも世話を焼かせたのにも関わらず、母が死んでから疎遠になってしまったことが申し訳なかった。
「それは全く構わん。母上の事は残念だったな……それはそうと泰子嬢はどうしたんだ?」
恭治が天野を怪訝そうな顔で見つめる。
天野がいつもこの島に来る際には、泰子も一緒だった。それが今はこの場に居ないことを、恭治は不思議に思っているようだ。
「泰子の事で……今日は相談があってきた」
緊張で少しだけ声が上擦ってしまう。
「……そうか。兎にも角にも、もう着いたから部屋に上がり給え」
恭治は怪訝そうに眉を顰めつつも、案じるように天野の背中を押してきた。
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