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「あら、そうなの……お夕飯多めに作っておきますからね、泊まるのなら遠慮はしなくて良いのよ。佳奈江は本州に嫁に出して、和緒は本州の学校の寮で暮らしてるから静かでしょうがないの」  佳奈江と和緒は恭治の二才下の妹と三才下の弟だ。和緒は学生なのだから良い。それよりも佳奈江が十七にして既に嫁に出されてしまっていたと知り、苦い気持ちが込み上げた。 「……すみません。ありがとうございます」  気を取り直し、天野は礼を述べて頭を下げる。当初の予定では旅館にでも泊まるつもりでいたが、せっかくの申し出を無下にするわけにはいかない。もしかすると、泰子を嫁にやる手筈になるかもしれないのだから――  それにはまずは恭治の心持ちを見てから、恭治の家族にも話をするつもりだった。手前勝手だけで、話を進めるつもりは毛頭ない。だからこそ、一縷の望みにかけて此処に来た。  部屋に案内された天野は、恭治に進められるがまま座布団に腰を据える。  お茶を運んできた恭治が向かいに腰をおろしたところで、天野は居住まいを正す。 「なんだ? そんな(かしこ)まったりなどして……」  恭治が困ったように口角を上げた。その表情に、天野の胸が微かに痛みだす。  出会った当時から天野が浮かない顔をしていると、いつも恭治は困ったような笑みを浮かべて話を聞いてくれていた。

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