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「実は……折り入ってお願いがあって来た……」  天野は小さく息を吐き出すと口火を切った。緊張で握りしめていた拳が、微かに震えている。 「なんだ? お前の願いなら聞いてやるつもりだが……」  恭治が眉根を寄せ、訝しげに首を傾げた。 「泰子を……嫁に貰ってはくれないだろうか」  天野は言うなり頭を、畳に擦り付けるほど下げる。恭治は息を呑み、驚愕しているのが見上げなくとも分かった。 「不躾なお願いだと言う事は、重々分かっている。でも……僕の中で信頼できるのは恭治、君だけなんだ!」  しばらく部屋に静寂が流れた後「お、おい! 顔上げろ!」と恭治の慌てふためく声と、肩に触れた手に促されるように、天野は力なく頭を上げる。 「突然の事で頭が混乱しているのだが……一体どういう了見なんだ?」 「実は――」  天野は俯いたまま、これまでの経緯を話していく。  父が泰子を嗜虐的思考を持った高松家の長男と婚姻させようと目論んでいて、泰子がその事で酷くふさぎ込んでしまっている。  遠い地に嫁に出して父の手から逃す以外に、見当がつかない。そこで恭治なら泰子とも気心が知れているし、泰子も反対はしないはずだと思い至った。すぐさま天野は今回の計画を急遽企ててこの地を訪ねたのだと、訥々(とつとつ)と語っていく。

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