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 黙って聞いていた恭治は、渋面を作り腕を組んでいる。 「君に迷惑をかける事になるのは、重々承知の上でお願いしている。でも……僕にはこれ以上の術は思いつかないんだ」  気づけば目の縁に涙が溜まっていた。女々しいとは分かっていても、旧知の間柄の前ではつい弱い部分が顔を出してしまう。 「しかし……父親にはどう説得するつもりなんだ? こんな辺鄙(へんぴ)な島に嫁に出すなど、どう考えても反対されるだろ」  それは嫌というほど考えたことだった。公家の長男と漁師の息子とでは、天と地ほどの差がある。素直に申し出たところで、一蹴(いっしゅう)されるのがオチだろう。 「……父には言うつもりはない」 「正気か!!」  天野の言葉にさすがの恭治も瞠目して声を荒げると、天野の肩をがっしりとした手で掴んだ。その力強さに一瞬体を強張らせるも「僕は本気だ」と呟き、天野は唇を噛みしめる。 「親に逆らって生きていけると思っているのか? 妹のためだとはいえ、無謀すぎるぞ」  恭治の最もな言い分は嫌というほど分かっている。巷では『自由恋愛』と謳われるほど、恋愛はまだまだ親の意見が最優先で、自分たちの意志とは関係ない結婚を強いられていた。  天野も例に漏れず、大学を卒業すればそれなりの見合い話が持ち込まれることは想像に難くない。

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