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「そんなことは百も承知だ。でも、背に腹は代えられない……」  みすみす妹をそんな所に出すのは、どうにも納得がいかない。  それに父はこの島との取引を、もう何年も前に取りやめてしまっている。船成金になった父は新たな会社を立ち上げて、高額な取引の出来る相手とのみ商売をしていた。  この島からは完全に手を引いている状態ということもあって、泰子がいなくなっても簡単には足取りは掴めないはずだ。母が療養している時ですら、この地には降り立ってはいない。もうこの島の存在すら、父の記憶にはないように思えた。  万が一にこの島に来たとしても、この島の土地は広大で探そうにもかなりの苦心を強いられることになるだろう。集落もいくつか点在しているが、本州と面している船着き場はこの集落ぐらいなもので、誰かが降り立てば島民の漁師に気づかれてしまう。泰子が身を隠す時間ぐらいは、確保できそうだと天野は踏んでいる。  残る問題は恭治自身の気持ちと、家族の了承を得られるかということだった。 「面倒をかけるのは分かっている。だからこうして、直接頭を下げに来た。もし……恭治が無理だと言うのであれば、僕と泰子は遠い地に二人で逃げようとも思っている」

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