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防波堤を慎重な足取りで降りていき、波打ち際に近づいていく。夜の海風は秋のひんやりとしたものに変わっていて、少しだけ鳥肌が立つ。
天野が微かに身を縮こませたのを、目ざとく気づいた恭治が「寒いか?」と問いかけてくる。
「大丈夫。それにしても、綺麗だな」
天野は海に浮かぶ満月を見つめ、感嘆の溜息を零す。
空に浮かんだ満月が海にも反射して、波に溶かされているように浮かび上がっていた。
暗闇の中で微かに光る水しぶき。波打ち際に立つ波音。満月を囲むような満天の星々。
都会では文明開化の波に呑まれてしまい、人々は忙しなく活動している。でもこの場所は時間の流れはゆっくりで、まるで別世界のようだった。
「この場所は居心地がいい。泰子も僕もこの島が好きだった」
「お前は……泰子を嫁にやったらどうするつもりなんだ?」
「……っ」
恭治の静かな問いかけに、天野は言葉に詰まらせる。
「なんで答えないんだ?」
恭治が訝しげに天野の顔を覗き込む。
もちろん考えていないわけじゃない。でも、恭治に言ったら確実に怒鳴られる事は目に見えて分かっていた。
「僕は……海外に行こうと思ってる」
無理やり笑みを浮かべ、恭治を見つめる。もちろん嘘だった。海外に行った所で、自分が生活していけるはずがない。貯金は今回の件に全て注ぎ込むつもりなのだから、自分の分は残るはずがなかった。
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