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「気は……変わったか?」
天野のシャツのボタンを閉めつつ、恭治が伺うように問いかける。一瞬の躊躇いは合ったが、天野は首を横に振る。
「……そうか」
それっきり二人は無言で始末を付けると、小屋を後にした。
「これぐらい、良いだろう」
そう言って恭治が天野の手を取り、繋ぎ合わせる。誰かに見られてしまうのではと不安にもなったが、朝も早い漁師たちは今頃とっくに床に就いているだろう。それに都内とは比べ物にならないほど街灯が少ない。
「せめて便りぐらいは寄越せよ。お前は少し薄情なところがあるからな」
冗談めかしに小さく笑う恭治に、「そうだな」と天野は少し明るめの声で返す。頬を緩めたくとも、不自然な笑みしか作れない。不可能な願いだったが、あえて否定はせずにおいた。
「あんまりにもお前が音信不通だと、彼女も心配するだろ。帰って来た時は顔ぐらい出せよ」
「……分かった。出来たらそうする」
親友に嘘を重ねるのは辛いものがあって、断定するような言い方はしたくなかった。
歯切れの悪い天野をどう思ったか分からなかったが、恭治は「銭湯寄ってくか」と言って一箇所だけ店先に灯っている明かりに足を向けた。
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