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 部屋に入って早々に、天野は恭治に頭を下げた。 「本当にありがとう。恭治には頭が上がらない……」 「やめろ。これは俺が決めたことでもあるんだ。お前一人が背負う必要はない」  恭治が天野を抱き寄せ、諭すように頭を撫でていく。天野は一瞬身を強張らせるも、諦めるように全身の力を抜いて恭治に体を預ける。  昨夜の出来事以来、(たが)が外れたかのように恋人同士がするような真似事を恭治はしてきた。  天野が居なくなると分かっているからこその行動だろう。内心は後ろ暗い事この上ないが、天野は拒みはせずにされるがままになる。  髪を撫でていく恭治の指先は、微かに震えていた。今生の別れになるかもしいれないと、恐れているようにも思えてならない。  付き合いは途切れ途切れであっても、恭治は天野をよく見ている。だからこそ嘘をついていると分かっていても、気づかぬ振りをしているかもしれなかった。 「お前の妹は必ず幸せにする。だから……お前もちゃんと幸せになれ」  耳元で囁くように言われ、天野は罪悪感に唇を噛みしめる。 「……うん」  恭治の肩越しに顔を埋め、天野は目を閉じて嘘を重ねた。

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