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「泰子様の婚約が近々執り行われる事が決まったのですが……それをお知りになった泰子様が、旦那様と口論になられたようでして……」 「父と泰子は、今は何処に?」  自分がいないたった二日の間に、事態は一刻を争うまでになってしまったのだと、天野は血の気が引く思いで女中に問いかける。 「旦那様は書斎に……泰子様は部屋に篭ったっきりのようです」  女中が困惑気味に伝えると、天野は「父に後で話があると伝えて欲しい」と言伝(ことずて)を頼み、急いで二階の階段を駆け上がって泰子の部屋へと向かう。  まずは泰子の様子を伺うのが先決だった。嫌な予感に今にも胸が張り裂けそうになる。変な気を起こしてない事を願いつつ、天野は泰子の部屋の扉を叩く。 「泰子! 僕だ! 開けるよ」  返事も待たずに天野は扉を開くと、泰子はベッドの上で体を丸めるようにして横たわっていた。  いることにとりあえず安堵して、天野は横たわっている泰子に近づく。 「泰子……大丈夫かい?」  天野が優しく声をかけると、泰子は悄然とした表情でゆっくりと体を起こした。

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