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「……幸朗さんは貴方に身を委ねるだけでなく、家族との幸せな記憶を渡そうとしたのです。でも貴方の事だから、辛い記憶だけを引き受けたのは想像に難くない。最期の時に、幸朗さんが幸せな気持ちのまま逝けるようにと……この森から出れなくなったのも、辛い記憶と引き換えに貴方の記憶が無くなったからですよね。あの二人は外に行けるのに、貴方は行けない。それに最初に幸朗さんの話をした時に、貴方はこの森の謂れを知っていた。きっと何らかの理由でこの森に入った時に、幸朗さんに出会ったのです」
「……そんなことまで書いてあったのか?」
黙っていたヒスイがやっと呻くように言葉を吐き出した。
「いえ……記憶を預けるとしか書いてなかったので、憶測にしか過ぎません。一年という短い間でしたが、ヒスイさんの事はそれなりに分かっているつもりです。だから……幸朗さんと貴方は相思相愛の仲だった……幸朗さんは貴方を想いつつ、死んでいったのです」
手紙は駄目になってしまったせめてもの償いだ。自分の恋心は打ち砕かれても幸朗の気持ちと真実を告げる。これから先も幸朗さんを想い続け、悼んでくれるようにと――
「僕は……これから帰ります。だから僕の事は気にせず、ヒスイさんも家に戻ってください。こんな形で礼を述べることになって、本当にすみません。お世話になりました」
天野は立ち上がると静かに頭を下げる。もちろん帰る気などない。他に死に場所を求め、また歩き回るだけのことだ。ただ、この場所を汚すような真似だけはしたくなかった。
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