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ふと、ヒスイとの日々を思い出し、頬が緩んでしまう。ヒスイとの生活は楽しかった。静かで落ち着いていて、それでいて甘く胸がときめく。縁側で過ごす二人の時間がとても幸福を感じ、時には一喜一憂していた。
「おい……まだ泣くなよ」
気づけばヒスイが近くに居て、天野の傍らに立っていた。
「泣いてません」
天野は否定の言葉を吐くも、頬を涙が滑り落ちていく。
「泣いてるから。自分の状況すら分かっていないのに、お前の言葉は信じられない」
ヒスイが不服そうに眉を顰め、天野の腕を掴むと歩き出す。
「それに……なんであの場所を知っているのか聞いてない。お前は俺と幸朗の関係について講釈を垂れたくせに、お前は自分の事を俺には言わないのか」
再び周囲が木々に囲まれ、朝来た道を戻るように進んでいく。適当に歩みを進めて来たつもりだが、導かれるようにこの場所に向かっているようだった。
「僕は妹を親友に預けて、この場所に来たのです」
「入水する為にか?」
天野の腕を引いていた手が、一瞬強くなったように感じた。そうだと言ったらヒスイを傷つけることになる。簡単に命を投げ出そうとするのは、幸朗に対して冒涜に近い。だからこそ、言葉に出すのは憚《はばか》れた。
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