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島に着くと恭治の家族に迎えられ、普段は腹が座ってる泰子もこの時ばかりは緊張を隠せないようで口数が少ない。
二日後には婚礼が執り行われることとなり、泰子は天野から里中に姓が変わる事になった。これでそう簡単には、父に居場所を知られることはないだろう。
それに手紙には二人の死を示唆する内容を書いてある。確実に捜索などはしないはずだ。自身の子を心中や失踪に追い込んだのだと露見すれば、天野家は更に追い込まれてしまう事になるだろう。
加えて嫡子がいなくなり、天野家は跡目が失われた。高松家との婚姻も白紙。地位も危ぶまれる。泰子を逃がす為とはいえ、そこまでしてしまった罪悪感が天野の心を蝕んでいた。
婚礼の儀が執り行われ、白無垢姿の泰子は綺麗だった。泰子の手を取る恭治の紋付き袴姿も凛々しく、やはり泰子を任せるには適任だったと安堵した。目の前で周囲の祝福の声を受けている二人の晴れ姿を、天野はしっかりと目に焼き付けた。
宴会の席で先を天野はこっそり抜け出すと、あらかじめ認《したた》めておいた手紙を給仕していた女中に、明日の朝にでも渡して欲しいと伝えた。
二人は親族に囲まれていて、天野が抜けたことには気づかないだろう。天野は聞こえてくる賑やかな笑い声を背に家を出た。
春の夜風に木々がざわめき、まるで天野が来ることを拒んでいるかのようだ。勇夫が言っていた森ならば、誰にも見つからないはず。天野はその望みと共にこの森を訪れ、そしてあの池を見つけたのだった。
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