144 / 185
144
「なるほどね……」
天野の表情を見て、ヒスイの中で納得したようだった。ヒスイは俯くと考え込むような仕草をした後に、小さく溜息を吐き出す。
「お前が気に病むことじゃない。俺が決めた事だから」
いつものように素っ気なく言い放つヒスイに、返す言葉が見つからず天野はヒスイを抱きしめる。
「お、おいっ! 苦しいから」
ヒスイの甘い香りが強く漂う。さっきも涙を流したにも関わらず、天野は再び目の前が歪んでいく。
なんで幸朗との記憶を無くしてまで、ヒスイがこんな事をしたのか納得がいかない。ヒスイが奪わねばならないほどに、苦しく辛い記憶があったのだろうか。
ヒスイがこうなってしまった事の悲しみと憤りに、天野は嗚咽を零す。
「うっ、ひ、ひすいさん……どうして、どうして……」
何度もどうしてと繰り返す天野に、ヒスイは天野の背に手を置く。
「言ったじゃん。妖怪は信じるな、ってさ……。これでもう信じないだろ?」
ヒスイが茶化すように、天野の耳元で囁く。
「そ、そんなの、狡いです」
天野は震える唇で、呻くように呟いた。
低い体温のヒスイを抱きしめていると、天野の体温まで奪われていく。
水に濡れていたせいか体温が更に下がっていて、鳥肌が全身に立っていた。それでも離れる事が出来ない。というよりも、離れたくなかった。
「ほら、離れろよ。寒いだろ」
天野が微かに震えているのが分かったのか、ヒスイが天野の肩を押す。それに対抗するように、天野はヒスイを固く抱きしめる。
ともだちにシェアしよう!