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「嫌です。僕は、とんでもない事を貴方にさせてしまったんだ。幸朗さんを……忘れさせてしまうなんて……」
「去ってしまった記憶は取り戻せない。俺は記憶を無くしてでもお前を助けたいと思ったんだ。それの何が悪い」
ヒスイが呆れ返っているように肩を叩いて、天野に離れるように促した。
「悪いとかそういう問題じゃないのです。僕の過去がどんなに酷いものであったとしても、貴方は幸朗さんの記憶を無くしてまで奪う必要はなかった……」
恋仲だった二人の幸せな記憶を、自分がある意味奪ってしまったのだ。天野は絶望感に全身から力が抜け落ちていく。どう償っていけば良いのかも分からず、ただ無意味な涙が流れてしまう。
「……好いている、という理由だけじゃ足りないのか」
「えっ……」
「お前と同じように、俺はお前を好いている。そうじゃなければ、こんな事はしない」
ヒスイのぶっきら棒ながらも同じ気持ちだと伝えられ、天野は驚きのあまりヒスイから体を離す。本当にそんな事を思っているのかと、信じられない気持ちで天野はヒスイを呆然と見つめた。
羞恥心からなのだろうか。いつも以上に顔を顰め、苦虫を潰したような表情のヒスイはそれでも前言撤回の言葉は言ってこない。
突然の事に天野も返す言葉が見つからず、しばしの間沈黙が流れていく。
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