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お願いします、と天野は頭を下げる。恭治には簡単に頭を下げるなと怒られたが、自分に出来ることは頭を下げて懇願する事しか出来ない。それだけ自分には何の力もプライドも無いことが、嫌というほど実感させられてしまう。
「……その男が俺にとって、どんな存在だったのか今となっては分からないし、お前がなんでそこまで必死になるのか俺には理解できない。そんなに大事な記憶だったら、なんで俺は手放したりなんかするんだ? 俺はお前を選んだからとしか考えられないだろ」
「それならば、僕を傍に置いてください。僕は貴方に恩返しがしたいのです。幸せな記憶を渡せなかったのですから……僕が死ぬ時に今度こそ、貴方と過ごした幸せな記憶を貴方に預けたいのです」
ヒスイが驚いたように目を見開き、天野をジッと見つめる。
「記憶を預ける……か。何処かで耳にした言葉だけど……」
思い出そうと目を閉じるヒスイに、天野は興奮気味にヒスイに縋り付く。幸朗の手紙を濡らして台無しにしてしまった事が悔やまれた。
「幸朗さんが亡くなる時に、貴方に記憶を預けたと手紙に書かれていました。何か思い出しませんか?」
「預けるもなんも、俺は記憶を奪ったからって覚えていることは出来ない。その男が何故そう思ったのか知らないけど、俺にそんな力はないから」
ヒスイは要領を得ないとばかりに鼻白む。
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