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「下半身だけ池に浸かってる状態でいるお前を見つけた。酒の匂いがしたから、酔いつぶれて誤って落ちたんだと思いもした。でもこの森に入ること自体不自然だから、とりあえず連れて帰っただけ」  あの日は結婚式でそれなりにお酒も嗜んだ。それに加え、池の前で眠剤を飲んだのも覚えている。そこまでして何故、自分は入水したのかはヒスイによって記憶が抜け落ちていた。 「そうだったのですね。助けてくれてありがとうございます」 「別に……助けたわけじゃない。拾っただけだから」  ヒスイのぶっきら棒な返しは、天野には照れ隠しにしか思えなかった。  屋敷の裏手につくと、竈《かまど》に薪を焚べて火を起こしていく。煌々と灯る火が熱いぐらいに、二人の顔に襲いかかる。木の爆ぜる匂いと音が周囲を漂い、さっきまでの天野の中にあった恐怖は消え去っていた。 「ヒスイさんは、まだ僕を追い出したいと思っているのですか?」 「追い出すとか、人聞きが悪いと思わないのか。俺は追い出すんじゃなくて帰すと言っているんだ」  額から汗が流れ落ちていく天野とは対象的に、ヒスイはただ顔を顰めているだけだ。

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