170 / 185
170
「寝過ごしただけ」
「そうですか。珍しいですね」
納得している振りをする天野に、ヒスイはバツの悪そうな表情で体を起こす。
「朝食の支度しないと。あいつらが五月蝿いから」
立ち上がるヒスイに倣うように、天野も布団から抜け出す。
ヒスイは先に部屋から出てしまうように思われたが、意外にも天野が布団を畳み終えるのを部屋の入り口で腕を組んだまま見つめていた。
「万年床かと思ってたけど、意外にちゃんとしてるんだな」
部屋を出ながらヒスイがポツリと呟く。人様の家なのだから流石に、礼儀くらいは弁えているつもりだった。
「当たり前じゃないですか。布団ぐらい畳めます」
「ふーん。包丁もまともに握られないぐらいだから、さぞかしダラしないのかと思っただけ」
ヒスイが悪戯っぽく頬を緩める。その表情をなんとも恨みがましく天野は見つめるも、嫌な心持ちはしなかった。
こうして言い合っているだけでも、体だけでなく心の距離もきちんと近づいたのだと思わずにはいられない。幸福な気持ちが天野の胸に湧き上がり、じんわりと温めていく。ヒスイの傍にいられるのだと思うだけで、幸せだ思ってしまう。
ともだちにシェアしよう!