171 / 185
171
「お前……何で泣いてるんだ? そんなに傷つくような事言ったか?」
不安げな表情のヒスイに、「幸せだなと、思っただけです」と天野は笑った。まさか傷ついてるのではないかと、心配されるとは驚きだった。
不意を突かれたように唖然としたヒスイは「自然と流す嬉し涙は初めて見た」とポツリと溢す。
「もしかしたら、見たことあるかもしれないけど……透き通ってて、綺麗なんだな」
「舐めてもいいですよ」
天野が笑みを浮かべたまま、縁側の前で立ち止まった。初夏から本格的な夏に変わりそうな、湿り気を帯びた熱い風が頬を撫でていく。
ヒスイと向かい合うと、天野は目を閉じる。遠くの方で蝉が喧 しく鳴いているが、それすらも素晴らしい音色のように聞こえるほどに、天野の心が沸き立っていた。
恋をして世界が変わった。見るもの、聞くもの、感じるもの。全てが違った世界のように思えてしまうほどに――
天野の肩に優しく手が置かれると、甘い金木犀の香りが濃くなった。近づいてきているのが分かり、胸が高鳴っていく。
「あっ!!」
「ヒスイとお兄ちゃん!!」
驚いたように叫ぶ声に、天野は慌てて目を開く。置かれていた手が瞬時に離れていき、ヒスイがばつが悪そうに視線を俯かせていた。
ともだちにシェアしよう!