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 燦々(さんさん)と降り注ぐ初夏の陽光が視界を白く染め、その眩しさに天野は目を眇める。梅雨の時期よりも日が延びていて、正確な時刻は分からない。あんまりにも遅くなると池に向かうのも足元が覚束なくなるだろう。  婚礼の晩。自分はそんな危険な夜の森に躊躇なく、誘われるように足を向けたのだ。今思えばよくそんな勇気があったものだと、自分自身に天野はゾッとした。そこまで思い悩んでいた理由はなんだったのだろうか――天野は遠くに見える森をぼんやりと見つめる。 「何? また郷愁に駆られてるのか?」  背後からヒスイに声を掛けられ、天野はハッとして我に返る。 「すみません。ぼんやりしてました」 「帰りたかったら帰っても良い。お前の人生なんだから」  ヒスイが先立って歩き出し、天野は慌てて追いかける。 「僕の人生だからこそ、僕は此処に残る事を決めたのですよ」  ヒスイの隣に並び、天野は空いている方の手でヒスイの手を取る。握り返してこないが振り払われもしない。低い掌の温度に、天野は笑みを零す。 「夏はヒスイさんの傍は快適ですね。冷たくて気持ちがいい」 「冬は嫌になるんじゃないのか?」 「嫌にはなりませんよ。僕が温めてあげますから」  天野は繋いだ手に力を込める。 「……それは大儀なことだな」  ヒスイはぶっきら棒に呟くと、繋いだ手をきつく握り返した。

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