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第4話
軽快な包丁のリズムが耳に響いてくる。ジャッとなにかを炒めている音。おいしそうな匂いが鼻孔をくすぐる。
恭平は十年以上も前の結婚生活を夢に見ていた。
あのころは家に帰れば手料理が当たり前に用意されていた。衣類は脱ぎ散らかしても洗濯されて、キレイにアイロンを当てられていた。
なつかしい記憶と共に目覚めた恭平は、ぼんやりとした頭を抱えて起き上がり、見慣れた部屋がスッキリしていることに気づいた。
(片づけ、してってくれたのか)
脱ぎ散らかした服は畳まれ、新聞や雑誌は部屋の端に積み上げられている。よっこらしょっと立ち上がった恭平は浴室に向かい、洗濯機をのぞいた。
(さすがに洗濯までは、してねぇか)
図々しい期待をした自分を笑って、脱いだ服を洗濯機に入れスイッチを入れる。シャワーを浴びて髭を剃り、冷蔵庫を開けると野菜炒めが入っていた。
「ん?」
夢の中で嗅いだ匂いは幻ではなかったのか。
皿を取り出した恭平は、それをレンジであたためながらコンロの上の鍋を見た。味噌汁がまだ入っている。久しぶりにトーストとコーヒーではない食事かと、うれしくなりつつ炊飯器を開けたが空っぽだった。
「そりゃまあ、なぁ」
ない米が炊けるはずもないと、トースターに食パンを入れる。野菜炒めをトーストに乗せ、味噌汁とともに食べながら、じんわりとさみしさを感じた恭平は苦笑した。
(こんな気持ちになるなんざ、どのくらいぶりだろうなぁ)
とっくに慣れたはずなのにと、家庭のぬくもりをなつかしく思い出した恭平は、手作りの料理をゆっくりと噛みしめた。
洗濯物を干して、なんとなく気が向いたので不要な新聞や雑誌をひもで縛り、いつでも出せるよう玄関の横に置いておく。
(こういうもんって、いつ出すんだっけか)
生ごみの日しか覚えていない恭平は、出勤途中にゴミ捨て場に寄って確認しようと考えて部屋に戻り、家を出る時間までダラダラとテレビを観ながら過ごした。
いつものように出勤し、新山とともに夜勤を終えて帰路に着く。尻のあたりでモゾリと動くものがあり、来たなと恭平は尻をキュッと引き締めた。今日のチカンは控えめで、尻を軽くまさぐるだけで終わってしまった。
(なんでぇ。拍子抜けだな)
大胆な行為を受けた後では、尻をくすぐられる程度はなんともない。昨日はあれほど挑戦的だった指のおとなしさに、さてはビビったなと勝利者の笑みを浮かべた恭平は胸をそらして最寄り駅へ降り立った。
「恭平さん」
「おう、誠か。飯、うまかったぞ」
目じりをとろかせて誠が照れる。恭平はこのまま別れるのが惜しくなった。
「よろしければ、今日もお邪魔させていただいてよろしいですか」
誘うよりも先に求められ、おうっと答える。
「そんなら、またなんか買って行くか」
「家の場所は覚えているので、恭平さんは先に帰ってシャワーでも浴びていてください。なにか買って行きますから」
「ん? そうか。そんなら、まあ」
ゴソゴソとカバンを探って、財布から千円札を数枚抜き出す。
「これで、なんか適当に頼むわ。足りなかったら、後で請求してくれ」
「わかりました。なにかリクエストありますか?」
「なんもねぇよ。そいじゃ、スーパーまでは一緒に行くか」
「はい」
並んで改札を抜け、駅前のスーパーで別れた恭平は、鼻歌交じりに家に帰った。
(また、あったけぇ飯が食えるのか)
ホームで声をかけられたときに、ふっと湧いた期待を抱えて部屋に入り、干しっぱなしの洗濯物から着替えを取ってシャワーを浴びていると、ドアが開く音が聞こえて人の気配が入ってきた。
シャワーを終えた恭平が半裸で出ると、はじめから料理をするつもりでいたらしく、恭平は自前のエプロンを着けていた。用意がいいなと部屋に戻った恭平は、布団をまるめて端に蹴り寄せた。
なんとなく手持無沙汰で、台所の誠の隣に立つ。
「うまいもんだな」
なめらかな手つきに感心すると、それほどでもと誠が照れる。万事控えめな態度の誠に、恭平は好感を深めた。
「これでおまえが女なら、飯の後に食っちまうんだがなぁ」
「デザートですか?」
「まあ、そんなようなもんだ。そんなことを言やぁ、飯のオマケかって怒られそうだけどな」
クックッと喉を鳴らすと、顔をのぞき込まれた。
「言われたことがあるんですか?」
「さあなぁ」
ニヤニヤしながら、恭平はフライパンに視線を戻した。今日のメニューは焼き飯らしい。
「料理が好きなのか?」
「いえ。両親が共働きで、自然と覚えたんです。いつもお弁当とか、冷凍食品とかじゃ、だんだんイヤになってしまって」
「えれぇなぁ。俺なんか、この十年ほどはずっと外食か弁当かだぞ」
「この十年?」
「離婚してからってことだ」
「あ、ええと」
悪いことを聞いてしまったと、気まずく視線をさまよわせる誠の背中を、気にするなと軽く叩く。
「あ、あの……僕の手料理でよければ、食べていただけますか?」
「うん? そりゃあ、ちょいちょい作りに来るってことか」
目じりを朱に染めた誠は伏し目がちにうなずき、恭平よりも高身長であるのに器用に上目遣いをした。
「大抵のものは作れるので、リクエストにも応えられると思います」
「惜しいなぁ」
「え?」
「見てくれも上等だし、態度も控えめで……なんつうの? しとやかっつうのか。その上に料理もできるなんざ、完璧じゃねぇか。これで女ならなぁ」
ケラケラと冗談めかして笑う恭平に、誠は困った顔でほほえんだ。そんな表情も上品で、育ちのいいヤツってのは違うなと、彼の家庭事情などなにも知らないままに恭平はそうと決めつけた。
「ええと、お皿は」
「ん」
火を止めた誠に、平皿を二枚渡す。誠は恭平の皿に多めに焼き飯を入れると、インスタントの中華スープを作った。
「そいじゃ、食うか」
「はい」
ちゃぶ台に座って、ふたりで食事をはじめる。家で誰かと食事をするなんて、それこそ十年ぶりぐらいだと、恭平は奇妙なうれしさを料理とともに味わった。
「あの、恭平さん」
「うん?」
「前の会話の続きなんですが」
「前の? 前って、おまえが女ならってヤツか」
「いえ、そうではなく。女性専用車両についての話です」
そんな話をしたかなと記憶を探り、初対面で交わした会話だったと思い出す。
「おうおう、あの話な」
「駆け込みたくても、階段すぐの車両は女性専用だったりして困るとか、うっかり乗ってイヤな顔をされたとか話しましたよね」
「おう。したなぁ」
「いまでも、おなじ意見ですか?」
「そりゃあ、どういうこった」
「……ええと。あれから、意見は変わったりしていないかなと思いまして」
ふうむと恭平は焼き飯を食べながら、新山との会話やチカンに遭った経験を振り返る。
「まあ、娘がチカンに遭う可能性が減るんなら、あったほうがいいかもなぁ」
「えっ」
「ん?」
「娘さん……って」
「ああ。俺ぁ、子持ちだよ。別れた奥さんが引き取って育ててんだ。もう長ぇこと会ってねぇんだけどよ」
やにさがりつつ、恭平は携帯を操作して幼いころの娘の画像を誠に見せた。
「どうでぇ。かわいいだろう? もうそろそろ成人してるころなんだがよ」
受け取った誠が見ているのは、小学校低学年とみえる少女の画像だった。
「別れたころの写真しかなくって、いまはどうなってっか知らねぇけど。きっと美人になってるはずだ」
「会いたくないんですか?」
「向こうが会いてぇってんなら、大よろこびで会いに行くけどな。再婚してっからなぁ。新しいオヤジに遠慮があったりするんじゃねぇか? こっちはちゃんとした年齢も覚えてねぇぐれぇの、適当な男だしな」
磊落に笑った恭平は誠から携帯を受け取り、しみじみと幼い娘の画像をながめた。
「まあ。元気にやってりゃ、それでいいさ」
「……娘さんのことを思い出して、意見を変えたんですか?」
「うーん。信じねぇだろうけど、チカンに遭ったんだよ」
「チカンに」
「そう。こんなオッサンの下半身をまさぐるなんざ、酔狂なヤロウだよなぁ」
ケラケラ笑うと、誠が眉間にシワを寄せた。
「不快感はなかったんですか?」
「不快つうより、驚きのほうがでかかったな。その後、きもちわりぃとは思ったぜ? まあでも、犯されるわけでもねぇしって好きにさせといたら、とうとうイカされてちまってよぉ」
「イカされた……」
「とんでもねぇだろ? ヤツぁ、きっちりゴムまで用意してやがったから、そのつもりだったんだろうな。電車ん中でナニを出されてゴムかぶされて、パーンとな」
「……はぁ」
あまりにも恭平があっけらかんとしているからか、誠が奇妙に顔をゆがめる。
「その、それで……ええと」
困惑気味の誠に、うんうんと恭平は首を動かして真面目な顔を作った。
「とんでもねぇことしやがるとは思ったけどよ、後始末はきちんとするヤツだったし、ワーキャー騒ぐ年でもねぇし。何度もされちゃあ迷惑だが、まあ、相手の姿が見えねぇから、美人の姉ちゃんにタダでヌいてもらったって思えばな」
最後のひと口を飲み込んで、水を飲む。ふうっと息を抜いてから首をかたむけ、こめかみをポリポリ掻いた。
「俺だから、そんぐれぇの感想で済んでるって自覚はあるぜ? だからよぉ、これがおなじ男でも、若いヤツとかなら気味悪がるだろうなってくらいはわかる。女ならもっと怖ぇはずだろうってこともな。――だから、まあ、全員が全員チカンに遭うってわけじゃねぇだろうが、そういう心配が減るってんなら、いいモンだなって意見だよ」
「なるほど。チカンに遭って、そういうふうに考えたんですね」
「まあ、そういうこった。チカンっつわれても、どんなもんだか実感が湧かないっつうか、想像もしにくいからなぁ」
「前回は経験がなかったけれど、今回は経験をしたので考え方が変わった。つまり、女性がチカンに恐怖する感覚を理解なされたということですか」
「理解っつうのとは、違うかもな。ヌかれるのと突っ込まれるのとじゃあ、まったく違うだろうからさ」
「チカンが車内で、そこまでするとは思えませんが」
「まあ、突っ込むってのはないかもしんねぇが、得体の知れない相手にそういうふうに思われるってだけでも、気持ち悪いんじゃねぇか? ええと、ほら。あれだ、あれ。壁ドンだかなんだかっつうの、あるだろ。あれだって、俺にされたら女は悲鳴を上げるだろうが、誠にされりゃあうれしい、みてぇな感じだ」
「ええと……ちょっと、わかりやすく言ってもらえますか」
「だから、色男にならかまわねぇが、俺みてぇなオッサンだったらイヤつうか。――そうだなぁ、好きでもねぇ相手に興奮されても困るだろって話だ」
「好みではない相手では、迷惑だと?」
「おうよ。そんでチカンってのは、手前勝手な行為だろう。そういうのに遭わねぇでいられるんなら、女は専用車両をよろこぶだろうし、娘やら恋人やらが危険から遠ざけられるんなら、男だってうれしいって結論……ってことで、いいか?」
ふむと納得しかねる様子の誠の手が伸びて、肩を押された恭平は床に倒れた。
「おわっ」
目を白黒させていると耳元に顔を寄せられ、蠱惑的な声でささやかれる。
「じっとして」
ゾクリと背中が震えて鳥肌が立った。なぜか赤面してしまった恭平は、ゆるくおおいかぶさられているだけなのに身動きが取れなかった。硬直した恭平の肌が、誠の細く長い指にまさぐられる。意図が分からず困惑していると、誠の顔が目の前に来た。
「不快ですか?」
「不快っつうか、なにをしてぇのかわからねえ」
「ふむ」
視線を斜め上に持ち上げて、すこし考えた誠の顔が降りて来た。唇をふわりと押しつぶされてギョッとする。
「なっ、なに……」
「恭平さんを襲ってみているんです。――恐怖を感じますか?」
真面目な表情に、恭平は吹き出した。
「なんでぇ、その質問は。つうかよぉ、オッサンにチューして、気持ち悪くねぇのか」
「そこはいいんです」
「よくねぇだろう。なにがしてぇんだ」
「襲われる恐怖というものがどういうものかを体験していただき、感想を教えてもらいたいんです」
「はぁ?」
「契約をしたでしょう」
「契約ぅう?」
「居酒屋で」
ああ、と恭平は思い至った。
「研究のために、オッサンにチューまですんのかよ」
変な奴だなと笑っていると、両頬を手のひらで包まれた。
「これでは襲われたと感じませんか? どうすれば、襲われたと思うんですか」
まっすぐな誠の視線に、感心と呆れを交えて答える。
「ケツでも狙われりゃあ思うかもしんねぇが、こんぐれぇじゃ怖くもなんともねぇよ。非力な女じゃあるまいし、誠ぐれぇの相手なら簡単に押しのけられそうだしな」
ほら退けと意図を込めた手で誠を押すと、彼は不満顔で恭平の上から離れた。
「おなじ襲われるんなら、こう、バインボインの美人な姉ちゃんがよかったなぁ」
ニシシと笑う恭平の脳裏には、セクシー女優の姿が浮かんでいる。じっと顔を見つめられ、きまり悪くなった恭平は照れ隠しにふてくされて唇を突き出した。
「なんだよ。誠だって、美人の姉ちゃんは好きだろうが」
「……ええ、まあ」
含みのある瞳に、恭平は尻のすわりが悪くなって体を揺すった。
「なんだぁ? 姉ちゃんより、かわいい感じのほうが好みってか」
「いえ。僕は年上好みです」
きっぱりと返されて、ホッと恭平は口をすぼめた。
「そんなら、美人の姉ちゃんに襲われてぇと思うだろ? ああ、自分が襲う側のほうがいいってことか」
「そうですね。僕が上位でいたいです」
「おとなしい見てくれしといて、野獣系か?」
ニヤニヤしながらこぶしで軽く誠の肩を小突くと、ちょっと困った顔をされた。
「おっ。なんだよ、その顔。誠みてぇなキレイな顔でスラッと背が高ぇなら、女が放っておかないだろう。いくらでもヤリたい放題なんじゃねぇか」
「そんなことは、ないです」
目元を曇らせた誠に、恭平は年上の優位を感じて前にのめった。
「ん? まさか、ドーテーって言うんじゃねぇだろうな」
「いえ」
ちょっと外れた誠の視線が恭平に戻る。
「好みではない相手では迷惑だと、さっき恭平さんが言ったじゃないですか。だから、いくら声をかけられても」
首を振る誠に、興味を引かれた恭平は膝を寄せた。
「惚れてる相手がいるのか?」
うなずいた誠に、恭平の瞳が少年のように輝く。
「どんな相手だ。別嬪か」
「……警備の仕事をしているんですよね」
「は?」
質問とはまったく別の話をされて、恭平の口が四角になる。
(話したくねぇから、はぐらかそうとしてんのか)
それにしてもへたくそなごまかし方だなと、恭平はほくそ笑んだ。
(頭がよさそうに見えても、なんだかんだでまだガキなんだなぁ)
「おう。ビルの警備員だぞ」
それがどうしたと語尾で示すと、誠はちょっと首をかたむけた。
「途方に暮れている、社員の子どもを慰めたことはありますか」
「どういうこった?」
「記憶に、ありませんか?」
わずかな表情の変化も見逃すまいとする誠に気圧され、恭平はムッツリと唇を引き結んで姿勢を戻し、腕を組んで考えてみた。
「社員の子どもねぇ……まあ、ガキが社会科見学っつって、親の仕事を見に来ることはあるけどよぉ」
「そういうものではなく、です」
いったいなにが聞きたいのか予測もつかないが、見学という名の遊びに付き合ったとか、その折に迷子になっていたのを助けたとかではない答えを求めているようだ。
「あったかなぁ」
顎をさすりさすり考える恭平は、誠の瞳に落胆が広がるのを見つけた。
(なんだってんだ?)
わけがわからない。
しかしその顔を見ていると、ある記憶に行き当たった。
「おお、そうだそうだ。ずいぶん前のことなんで、すっかり忘れていたな」
期待を込めた誠の目に、ずいぶんとわかりやすいヤツだなと恭平はほほえましくなる。
「どんな話ですか」
「ん。なんか、高ぇ車を転がしてるヤツの息子が、ぽーんと道に放り出されてよぉ。車が駐車場に消えてもグズグズしているもんで、どうしたんだって声をかけたんだよ。まあ、あのあたりじゃ珍しいことじゃねぇんだ。あの辺は、坊ちゃん嬢ちゃんの通う上等な塾があってな。時々、いかにもイイトコのガキって子どもが、ふてくされた顔でうろついてたりもするんだよ。ありゃきっと、まだ遊びてぇのに塾にむりやり行かされてんだな。つうか、なんで誠はそんなことを知ってんだ? ああ、あれか。ガキのころ、あのへんの塾に入れられてたのか」
「まあ、そんなところです」
「ははあ、なるほどな」
質問の意図を勝手に理解して、恭平は胸をそらした。
「だから、俺に妙なことを頼む気になったんだな」
「えっ」
「警備の仕事してるって聞いて、ピンときたんだろ。そんで、身元の知れてる相手だからって安心して、レポートだかなんだかの手伝いを頼む気になったんじゃねぇのか? 俺ぁ、あそこの警備員やって長ぇからな。誠がガキのころから俺がいて、見覚えがあったとかそんなんだろ。ガキはすぐに見た目が変わるが、大人になったら十年かそこらは変わんねぇからなぁ」
なるほど、だから誠は親し気にしてくるのかと、恭平は疑問にすら思ってもいなかった彼の人懐こさに納得した。
そんな恭平を、誠はじっと見ながらポツリとこぼす。
「……まあ、そんなところです」
「そっかそっか。するってぇと、塾に行く途中に何度かあいさつ交わしてたかもしんねぇんだな。つうか、交わしてたのか?」
「ええ、交わしていました」
うれしいのかさみしいのかわからない微笑を浮かべた誠を、ふうんと恭平はながめる。
(まあ、十年も見ていなかったら、わかんなくなるもんだよな)
自分の娘もきっと、街ですれ違ってもわからないだろうと思うと、心の底にわずかな冷風を感じた。
しかし感傷に浸っていたのは一瞬で、すぐに夜勤明けの眠気に襲われ大あくびが出る。
「あ、すみません。夜勤明けでしたね」
「ん。シャワー浴びて腹もよくなったら、眠くなっちまった。悪ぃな」
「いえ。それじゃあ、僕はこれで……大学があるので」
「おう。気をつけていけよ」
言いながら玄関まで見送ろうと立ち上がる。
「では、あの……」
靴を履いた誠が、モジモジしながら恭平の顔色をうかがいつつ言った。
「行ってきます」
「おう!」
満面の笑みで答えると、誠は安堵に顔をほころばせて外に出た。
パタンと締まったドアを見て、そういや好きな相手がどんな女か聞きそびれたなと思いつつ、恭平はあくびをしながら布団を広げて横になった。
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