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第10話

「恭平さん……?」  いぶかる誠のささやきに、さらに笑いがこみ上げてくる。 (なんで俺ぁ、笑ってんだ?)  疑問を浮かべつつ、おかしくてならない恭平はただ笑い続けた。とまどう誠の唇が恭平の肩に触れる。 「……僕でイッてくれて、うれしいです。恭平さん」  クスクス笑っていると、恭平の中から誠が抜けた。うめいた恭平はあおむけに転がされ、手足の戒めを解かれた。 「ふはっ」  息の塊を吐き出して大の字に寝転がると、不安顔の誠にのぞき込まれる。 「あの、恭平さん」 「なんだよ」  憮然として答えると、わずかにたじろいだ誠がおずおずと言った。 「恐怖を感じましたか?」 「は?」 「だから、その……襲われて怖かったかどうかを知りたいんです」  無表情で誠をながめていると、誠の視線が揺らいだ。だが、根っこの部分は恭平の目からずれていない。そらしたい衝動を抑えているらしい。 (すげぇ度胸だよな)  襲った相手に対して、こんな質問を投げかけられるのは無神経だとも言える。 (まあ、俺も人のこたぁ言えねぇけどよ)  そこまでして情報を集めたい案件なのか。それほど重要な大学の研究なのかと考えた恭平は、頭をボリボリ?きながら注文した。 「喉が渇いた」 「あっ。すぐ、お水を持ってきます」 「おう」  バタバタと、さして広くもないのに大急ぎで台所へ行く誠の足音を聞きながら、ムクリと体を起こした恭平はやれやれと息をこぼした。 (布団、どうすっかなぁ)  シーツの上に出してしまった。洗濯がめんどうだなぁと考える。  そんなことより誠を殴るなりなんなりするのが妥当な反応だとは思うが、ちっともそんな気分にならない。怒りも呆れもなにもかもを突き抜けたところに恭平はいた。 (いや、違うな)  驚きはしたが怒りはないし、恐怖があったかと問われれば怖いには怖かったが、襲われる恐怖とは違う気がする。 (なんだ、これ?)  自分の心の動きがわからず首をひねっていると、目の前にカップが現れた。 「どうぞ」 「おう」  受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み干すと、もう一杯くれと誠にカップを返す。素直に返事をした誠が台所に行くのを見ながら、やっぱり腹は立たないなとタバコに手を伸ばした。 「恭平さん」  悠々としている恭平に目をまるくする誠からカップを受け取り、また飲み干して「コーヒー」と注文をした。 「濃いめで、ブラックな。誠も飲めよ」 「あ、はい」  あまりに恭平が平然としているので、どういう態度を取ればいいのかわからなくなった誠は言われるままにコーヒーを淹れに立った。 「さて、と」  タバコをふかしながら、誠が戻ってきたらどうしようかと考える。 (まず、俺はちっとも腹が立ってねぇ)  それが不思議だ。怒り狂って誠を殴り、家から蹴りだしても足りない行為をされたのに、ちっともムカついていない。 (それと、誠の態度だ)  あれだけのことをしでかしたのに、こちらを気遣い怯えている。そして行為の最中は、襲う側だというのに居丈高になるどころか、置いてけぼりをくらった子どもみたいな顔をしていた。 (さっぱり、わからねぇ)  これは当人に疑問をぶつけてみるほかはなさそうだ。答えを聞けば、こちらの気持ちのありかも見つかるだろうと判断し、恭平はコーヒーを手にして戻ってきた誠に座れと命じた。 「はい」  おとなしく正座した誠をながめつつ、タバコを消してコーヒーに手を伸ばす。ちょうどいい濃さに目を細めてすすりながら、きっちりと姿勢を正している誠の不安顔に視線を置いた。 「誠」 「はい」 「なんで、こんなことをした」 「……それは、はじめにお伝えした通りです」 「女性専用車両とかの、なんだ……ええと、女の恐怖がどんなもんかを研究するとかいうやつか」 「はい」 「それにしちゃあ、チカンはずいぶん大胆だったし、ストーカーっつうの? あれもなんだか的外れっつうか、そんな気がしたんだがな」 「……」  誠の指がギュッと握られるのを見て、彼の意図は別にあるのではと感じた恭平は質問を重ねた。 「おまけにオッサン相手に、よく勃ったな。そういうアレなのか?」 「……恭平さんだからです」 「は?」 「恭平さんだから、僕は……できたんです」 「どういうことだ」  唇を引き結び、揺れる瞳に力を込めた誠の弱々しい気迫に満ちた決意の顔に、恭平は肝をグッと落ち着けて受け止める心の準備をした。 「僕はもともと、恭平さんのストーカーなんです」 「あ?」  どういうことだと問う前に、誠はポツリポツリと言葉を続ける。 「僕はずっと、恭平さんが欲しいと思い続けているんです」 「ずっとって……居酒屋で会ったときからか」  フルフルと首を振った誠の髪がさらさら揺れて、窓から差し込む陽光を反射する。 「もっと、もっとずっと前からです」 「どういうこった? 俺ぁ、前にも誠と会ってたのか」  幼子みたいにコクリと首を動かした誠の指が、白くなるほど握られる。力を込めすぎたせいで小刻みに震える肩に視線を乗せて、恭平はタバコを取り出した。ため息とともに紫煙を吐き出し、誠の発言を待つ。  ややあってから、誠が膝に声を落とした。 「僕は自分の気持ちを把握できなかった。理性とは別の部分で、気がつくと恭平さんの姿を視線で追ってしまうんです。……吸い寄せられるように、無意識に恭平さんを探してしまう。物理的に存在していないときは、記憶の中の恭平さんを求めている。まったく理解ができないままに……そう、強い力で気持ちを植え込まれて、それが蔓を伸ばして魂をがんじがらめにしているみたいに」 「はぁん? ずいぶんと芝居がかったセリフだなぁ」  プカッとまるい煙を吐き出しながら呆れると、誠の唇がへの字になった。 「お? なんだよ」 「必死で言葉を探して説明したら、こうなってしまったんです。芝居とか、そういうつもりで言ったんじゃありません」  ジト目をされて、わかったわかったと軽薄になだめる。 「そんで? 続きは」  促すと、不満顔のまま誠は唇を動かした。 「それで、僕の心理はストーカーに類似していると感じたんです。だから、これを検証するために、僕の欲の対象である恭平さんに協力をしてもらえば、自分の心理でストーカーの気持ちを図れますし、恭平さんから感想を聞くことで被害者の気持ちのサンプルを得られると考えたんです」 「……誠」  眉間にしわを寄せて顔を近づけ、彼にかからないよう配慮していた紫煙を吹きつける。 「ぐっ、ごほっ……なんですか」 「あのよぉ」  声をかけたはいいが、呆れすぎて次の言葉が出てこない。どうやら真剣で本気らしい誠の顔を見ながら、黙ったままでタバコをふかす。誠は緊張した面持ちで恭平の言葉を待っていた。 (頭がいいヤツってのは、ほんっと……わけわかんねぇ考え方をするんだなぁ)  だからこそ発明だとか発見だとかができるのだろう。 (さて、どうすっかな)  飼い主の命令を待つ忠犬よろしく、じっと顔をうかがってくる誠をどうするか。  タバコを吸いきるまで考えてみても、これといった言葉は浮かばなかった。灰皿にタバコを押しつけ火を消して、コーヒーを流し込むと深く重い息を吐き出す。 「あのよぉ、誠」 「はい」  ビシッと背筋を伸ばした誠に、おもわず口許をほころばせた恭平はうつむいて顔を隠し、後頭部を掻いた。 「そんで、ええと……結局、なにがしたいんだ」 「ですから、恭平さんの感想を教えてください。僕に襲われて、どんな感じですか。僕が怖かったり憎かったりしますか?」 「怖がられたり憎まれたりしてぇのか」  ちょっと考えてから、誠は首を振った。 「恭平さんに嫌われたくないです。……せっかく仲良くなれたのに、嫌悪されるのは苦しいです」 「なら、なんで襲った? こんなオッサン相手に、よく勃ったな」 「それはだって……僕は恭平さんが欲しいから……」 「そこが、よくわからねぇんだよなぁ」  はぁーっと息を吐き出しながら、恭平は右ひざを立てて肘を置き、頬杖をついた。 「俺のストーカーってのも、わかんねぇしよ。俺ぁ、誠と知り合うまではチカンにも遭わなかったし、知らねぇうちに部屋を片付けられるなんてこたぁ、一回だってなかったぞ」 「でも、僕は本当に恭平さんのストーカーなんです」 「そういやさっき、俺の姿を見るとかどうとか言っていたな。けど俺ぁ、誠の姿を見た覚えなんざねぇぞ」  長身で見目もいい誠をたびたび見ていたら、記憶の隅に残るだろう。けれど恭平は居酒屋で出会うまで、ちっとも誠を見た覚えがない。 「それは、恭平さんに見られないように、こっそり恭平さんを見ていましたから」 「どうやって?」  ちょっと唇を迷わせてから、誠が白状する。 「前に、困った子どもを助けたことがありますかって聞きましたよね」 「おう。そんなこともあったな」  半ば忘れていながらも、恭平は調子を合わせた。 「僕の父は、恭平さんが警備しているモスキーウェストの社長なんです」 「へぇっ?!」 「父はとても忙しく、母も多趣味な人で……僕はあまりかまってもらえませんでした」  誠の瞳がさみしい鈍色に染まる。 (まあ、そういう家はあるって聞くな)  部外者から見れば多くある事例のひとつだが、当事者にとっては深刻な悩みというのはままある。それが子ども時代であれば、なおさら深く心に刻み込まれるだろう。 「どうしてふたりとも僕にかまってくれないんだろう。ほかの子どもは親と遊びに行った話をしているのに、どうして僕はいつもひとりぼっちで塾や習い事ばっかりなんだろうって、ある日突然、不満が爆発したんです」  やるせない気持ちを思い出した誠は、それを振り払おうと首を振った。顔色でそれと察した恭平は、ぼんやりと過去の記憶を引き寄せていた。 (そういやぁ……いつだったか。十年かそこいらも昔に、えれぇキレイな顔した子どもが、とんでもなく高級な車から外に放り出されて、ベソベソしていたことがあったな)  もしかして、あれが誠だったのかと面影を探そうとするが、古い記憶は穴だらけで子どもの顔を思い出せない。 (ガキにとっちゃあ、でっけぇ出来事だが、大人の俺にとったら気にもならねぇ出会いだったってことか)  それでも記憶の隅に残っていたのは、キレイな顔をしていた子どもと高級車の組み合わせに、違う世界の存在を肌で感じたからだろう。 (まあ、いまのいままで忘れていたけどよ)  あの日の子どもが誠なのかと確認するにはタイミングがよくない。なので、たぶんきっとそうなのだろうと予測的確定をしつつ、話の続きに耳をかたむける。 「忙しい父は駄々をこねた僕を道に放り出して、駐車場へ車を走らせました。そこにとどまって泣いている僕を、恭平さんはなぐさめてくれた。それから言ってくれたんです。そんなに塾がいやなら、今日だけサボッちまえって」 (そんなこと言ったっけか) 「そんな選択肢があるなんて想像すらしなかった僕は、とても驚きました。恭平さんは僕を控室に入れてくれて、ジュースをくれて、しばらく相手をしてくれました。……うれしかった」  遠い瞳ではにかむ誠に、はっきりと覚えていないとは言いづらい。むずがゆくなりながら、恭平は適当に相槌を打った。 「それから僕は、塾に行くのが楽しみになりました。恭平さんと会えるから。……恭平さんは仕事中だから、邪魔しちゃいけないってことはわかっていたので、声はかけませんでした。あいさつくらいはしたいなって思ったんですけど、なんだか照れくさいし、あいさつだけでは終われない気がしたので、姿を見るだけでガマンしていました」  誠の全身から、ふんわりとした春の日差しのような気配が流れてくる。そんなにうれしかったのかと、恭平はホッコリした。 (ん? でも、待てよ) 「それからずっと、俺のことをながめてたって言いてぇのか?」 「だから、ストーカーだと言ったんです」 「普通に声をかけてくりゃあ、よかったじゃねぇか。そりゃあ、しょっちゅう塾をサボっちゃいけねぇだろうが、たまにならかまわないだろう」 「……あの後、こっぴどく叱られたんです」 「ああ」  困った顔で遠慮がちに告白された恭平は、社長の脂の乗ったいかつい顔を思い出した。とても誠の父親とは思えない、エネルギッシュで声も大きく押し出しの利く社長に叱られれば、子どもは怯えて萎縮するに違いない。 (あの社長を見慣れてるんなら、俺でも親しみやすい大人に見えただろうなぁ) 「それから塾が変わっても、時間を見つけては恭平さんの姿を見に行っていたんです。というか、時間があれば自然と足が向いていたというか。それがいつの間にか、社長の息子という立場を使って警備員のシフトを手に入れ、恭平さんがいる日を狙って行くようになり、仕事の上がる時間を見計らって待ち伏せをして、後を着けてここまで来たりするようになって……」 「完全にストーカーだな」 「だから、そう言ったじゃないですか」 「なんで声をかけなかったんだよ。おまえの話からすると、ガキのころからずっとだから、けっこうな年数だろう? その間に、あいさつするぐれぇはできただろうが」 「一度ついてしまった習慣は、そうそう変えられませんよ。それに、見つめている間に気持ちがどんどん大きくなって、制御ができないほどの化け物になった気がして怖くなったんです」 「いや。……縛って犯すなんて手段を取った時点で、制御できてねぇだろう」  突っ込むと、そうですねと誠が泣きそうな顔で笑った。 「でも、これは計画犯ですから。だから制御ができていない、というのとはすこし違うんです」 「襲われた俺からすりゃあ、どっちだっておなじだけどな」  手持無沙汰なので恭平はまたタバコに手を伸ばしたが、空だった。コーヒーも飲み干してしまっている。なにもせずに誠と向き合って会話をするのは落ち着かなくて、指先を迷わせていると気がついた誠がカバンを探った。 「あの、どうぞ」 「おっ。サンキュ……てか、おまえタバコ吸ったっけ?」  差し出されたタバコを受け取りながら問うと、牛乳とおなじですと答えられる。 「もうすぐなくなるって察してたってことか」  片頬だけを持ち上げて鼻先で笑えば、すみませんと蚊の鳴くほどのちいさな声で謝罪された。 「なんで謝るんだよ。謝るんなら、俺を強姦したことだろうが」 「そこは謝りません」 「妙じゃねぇか。謝らなくてもいいことを謝って、謝んなきゃいけねぇことを謝らないなんてよ」 「謝って済む問題じゃないでしょう?」 「おまえがそれを言うのかよ」 「……それは、だって、それだけのことをしたという自覚はありますから」  拗ねる誠の頭に手を伸ばし、グシャグシャと乱暴に撫でる。わっと声を上げた誠はすぐに、うれしそうな息を漏らした。 「ったく。なんつう大人に育っちまったんだ。――それで。俺を襲って、ストーカーの心理とやらは理解できたのかよ」 「ええと、たぶん」 「たぶん、だぁ? それじゃあ俺は、掘られ損じゃねぇか」  言いながらフィルムをはがし、タバコを取り出す。 「で。最終的にはレポート出して、点数もらって終わりって寸法か」 「いえ」 「じゃ、なんだ。レポートのために、俺をつけまわしたりなんだりしたんだろ。ご丁寧に、訴えられねぇように契約書まで作ってよぉ」  火を点ける手を止めて言えば、誠が鼻の頭にしわを寄せた。 「なんだよ、その顔」 「契約書は、恭平さんから許可をもらって、実行する勇気を奮い起こすためです」 「はあ?」 「さっきも言ったじゃないですか。僕はあなたのシフトを手に入れて、つけまわしていたって」 「おう」 「つまり、僕はいつでも恭平さんを襲える状態だったってことです」 「まあ、そうだな。つか、襲いたくてつけまわしていたのかよ」 「いえ」 「はっきりしねぇなぁ」  やれやれとタバコに火を点け、深く煙を吸い込むと天井をあおいで吐き出す。 「僕だって、よくわかっていないんです」 「わかんなきゃ、そのわかんない中でもわかってることを言ってみろ。そうすりゃあ、なんかわかるかもしんねぇだろうが」 「……恭平さんと親しくなりたかったんです」 「だったら、普通に声をかけりゃあよかったじゃねぇか。つか、親しくなれてたろ? それをなんで、ぶち壊すマネをした」 「普通の親しい関係が、イヤだからです」 「普通がイヤなら、なんだってんだ」 「恭平さん、僕が女ならって何度も言いましたよね」 「ああ、言ったなぁ」 「僕は女じゃありません」 「身をもって教わったよ」  軽く肩をすくめて嫌味を言うと、誠が目を伏せた。 「で?」 「普通に声をかけていれば、友達にはなれるかもしれない。いえ、実際はそんな感じになれました。けど僕は、生活を共にする関係になりたい。――そうなるためにはどうしたらいいのかを考えて、自分の行動と大学のレポートとを重ねたんです」 「それがどうして、襲うってことに繋がるんだよ。普通に告白でもなんでもすりゃあ、いいだろうが」 「普通に告白をして、恭平さんはそれを本気だと受け止めますか? 僕がずっと、子どものころからあなたを思い続けていて、共に暮らしたいんですと言ったら、笑い飛ばすか呆れるか、適当にあしらうかのどれかでしょう」 「……う」 (その順番で、全部やっちまいそうだな)  引きつった恭平に、誠のため息が向けられる。 「ほら。だから、一計を案じたんですよ」 「それでなんで、ストーカーと強姦ってとこに行きつくんだよ」 「チカンやストーカーに遭った場合、被害を受けたと相談した相手に恋をするという事例はすくなくありません。ですから、相談役となった僕に恭平さんが惚れてくれないかな……と」  チラリと上目遣いをされて、恭平は唇を突き出す。 「俺が平気な顔してるもんで、その計画はご破算になったってぇことか」 「ええ。ですから、別の方向に移行したんです。押しかけ女房という言葉が示すように、堂々としたストーキングの果てに結婚をするという事例もあるので、そちらをしてみようと」 「それでなんで縛って襲って、怖かったかどうかって聞いたんだよ。なんか矛盾してるじゃねぇか」 「それは、僕に襲われても恐怖を感じなければ望みはあるかなと」 「うーん」  首をかしげて、ガシガシと頭を掻く。 (説明を聞いても、さっぱり理解ができねぇな)  頭のいい人間の思考回路はわからない。 (けどまぁ、誠はその中でも特殊だろうなぁ)  いくらそんな作戦を思いついたとしても、普通は実行なんてしないはず。それとも、そんな行動をしてしまうくらい、誠は思いつめていたのだろうか。 「どちらにしても、望む形に決着すると考えていたんですが」  落胆をこぼして頭を振った誠が、心の底から残念がりつつ腰を上げる。 「計画は完全に失敗したみたいですね」  あまりの落ち込みように、そりゃそうだろうと言うのもはばかられて、なんて声をかけようかと迷っているうちに、肩を落とした誠は深々と頭を下げてフラフラと出て行った。 「…………なんなんだよ」  吸うことを忘れていたタバコの、長くなりすぎた灰がポロリと落ちた。

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