12 / 67

ミエルンデス12話

張り詰めたような空気が消えて、普通の空間になっている。 思わず、ただの妄想だったんじゃないかって思ってしまう程。 「琳、大丈夫?」 きょとんとしている俺の目の前にヒラヒラ動かす徳川の手のひらが。 「だ、大丈夫……あれって、なに?本当に死神?」 「うん、死神……消えちゃったけどね」 「消えた?本当に?なんで?どうして消えたんだ?」 「消えたっていうか、退治したが正解かな?」 ニコッと笑う徳川。 へ?退治? 「退治?誰が退治したんだよ?まさか徳川?」 徳川が? 何がテレビか映画か漫画みたいな……でも、今なら納得する。 目の前に確かに黒い何がいて、今日一日変な目に遭ったもん。 「俺じゃないよ」 そして、まさかの否定。じゃあ、誰だよ!って突っ込みたかったが、思い出した。 徳川は俺達が居るからって言っていた。 達って、誰が他に居るんだよ?それに犬が鳴いたよな? 「犬、徳川、犬飼ってる?さっき、犬が唸った!」 そうだ!犬が唸ったんだ!アレはなんだよ! 「飼ってないよ、居るなら琳も見てるだろ」 フフッと笑われ、まあ、確かに飼ってるなら見ているはずだもんな。 じゃあ、犬は? 「琳………マジで見えてないんだな」 徳川はクスッと笑う。 な、なんか馬鹿にされてる? 「な、なんだよ?何が見えてないんだよ?黒いモノなら見たし!」 なんか悔しくて言い返す。 「違うよ、琳はずっと、守られてたんだよ?その犬に」 徳川はそう言って、ベッドの側を指差す。 でも、そこには何もない。 犬? 「犬なんて居ないよ、からかってんの?」 「茶色の柴犬。赤いバンダナを首に巻いてる、琳を見上げて尻尾をブンブン振ってる。バンダナには子供の字でかげとらって名前が書いてある」 徳川の言葉に俺は次の言葉を失った。 柴犬。かげとら。 俺が子供の頃に飼っていた犬。 交通事故で死んでしまった俺の犬。 凄く凄く泣いて、 それ以来、犬を飼えなくなった。 「影虎」 小さく名前を呼ぶ。 「うん、影虎。ずっと琳の側に居た。琳をずっと守ってきたんだ」 「ほんと?」 声がかすれてしまった。 影虎を思い出す度に俺は悲しくなって、名前さえもう呼ばなくなっていた。 だから、徳川の顔が霞んでいる。 「初めて、琳を学校で見た時に足元に影虎がいて、いつも琳を見上げて尻尾振ってたよ」 「ずっと………?」 「うん、ずっと居るよ。いつも、いつも……琳が凄く好きなんだって伝わってた。尻尾をブンブン振って嬉しそうに琳の顔ばかり見上げてて、ああ、本当に大好きなんだなってさ、どれだけ愛されていたのかも分かったし、影虎がどれだけ琳を愛してたのかも、死神から守ったのも影虎だよ」 霞んでいる徳川が笑顔だっては分かる。だって、声が優しい。 影虎……ずっと、呼んでなかった。 「かげ、とら……ここにいるの?」 徳川が指差す方を見つめる。 「うん」 そのには何もないけど、俺は手を差し出す。 「影虎」 久しぶりに名前を呼んだ。 すると、手のひらに犬の鼻息がフンフンとあたる。 「かげ……とらあ……」 名前を呼んだら泣けてきて、涙混じりに声を出す。 ペロっ、 頬に懐かしい感触がした。 俺が泣いたり落ち込むと影虎が頬を舐めてくれて……… 俺はこらえきれなくなって泣いた。 ポロポロ涙がいっぱい流れてきて、その度に影虎がペロペロと俺の頬を舐めてくれた。 ずっと、側にいてくれてたんだ。 あれからずっと…… 「ありがとう影虎」 絞り出した声でお礼を言うと、くう~んと犬が鼻を鳴らす音がした。 本当にいたんだね、影虎。 ありがとう影虎。 「琳」 徳川が俺を抱きしめてくれて、 だから、安心して子供みたいに泣いてしまった。 影虎を失った哀しみと側に居てくれた嬉しさで涙が止まらなかったんだ。 ◆◆◆◆◆ 「落ち着いた?」 徳川は俺の為にコーヒーを作ってくれて、それを飲みながら頷いた。 「ありがとう」 一応、徳川にもお礼を言わなきゃ。 「どういたしまして」 ニコッと笑う徳川をみると、なんでかなあ? 安心するよ。

ともだちにシェアしよう!