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「人が居ねえな」
「会議で出払ってるのか、面倒臭い」
「どうせ中身は紅茶か何かだろ?飲んじまおうぜ」
上官が耳にすればどやされそうな発言をいなし、ダンは蛻の殻の指揮所をぐるりと見渡した。矢先、微かに暫鉄を起こした様な音を感知して思わず身を固くした。
2階から階段を誰かが降りて来るらしかった。だが、限りなく足音はないに等しい。
「――またお前らか」
そうして、さっき聞いた高音が降ってきた。固唾を呑んで見守っていた2人の目前に、余りにも自然に上官は現れた。
ブラックウェルはゆったりと歩を進め、新兵を見やり、机上の書面を取り上げて懐に仕舞った。
「…ええまた会いましたね少尉、ディナーはお済みで?」
「ああ済んだ。さっさと用向きを話せ」
珍しく小銃を手にした少尉は、微かに硝煙の匂いを纏っていた。まさか、この上で誰か死んでいるのか。
不気味なほど平静なブラックウェルを前に、流石のジャスティンも緊張した面持ちで小包を差し出した。
「ご苦労。とっとと兵舎に帰って明日に備えろ」
受け取るや否や踵を返す上官に、ジャスティンは常の軽口を引っ込めて見送っている。背筋の伸びた小さな後ろ姿が遠ざかり始めた。
何を思ったか、ダンはそれを呼び止めた。
「ブラックウェル少尉」
振り向くヘーゼルの目が此方を射抜く。睫毛が驚くほどくっきりと影を落としている。
「右脚が痛むなら救護所へ」
ほんの、僅かに両眼が見開かれた様に見えた。見間違いかもしれないが。
何か言い返すでもなく、上官は再び歩みを再開してやがて視界から姿を消した。息を止めていたのか、隣でジャスティンがひゅっと大きく吸い込んで噎せている。
「ジャスティン、2階見て来るか」
「ほざけよ」
漸く呼吸の落ち着いたジャスティンは悪態を吐くと、額に浮かぶ汗を拭って出口へと率先して歩き始めた。
「ブーツに血が飛んでたの、見たろ」
手に負えない事に首突っ込むな。
親友の忠告に生返事を返し、ダンはその後も暫し、立ち尽くして沈黙する2階を眺めていた。
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