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12月になると寒さも相俟って、全員の”さっさと家に帰りたい症候群”が加速した。明後日の作戦決行にどいつもこいつも浮かない顔をして、乱痴気騒ぎを決め込んだパブでも結局しんみりと故郷の話を垂れるだけだった。
普段は調子の良いジャスティンも例外ではないらしい。
凍える外気に身を竦めながら、ぼんやりと色水に近い珈琲を啜る男にダンは「静かだな」と呟いた。
案の定、反応すら帰ってこなかったが。
「おい、糞”犬”中隊」
聞き慣れた軽口に振り返ると、A中隊の同僚共がチョコレートバーを貪りながら突っ立っていた。
「気持ち悪いなジャスティン、そんな高尚な飲み物口にしてお前に消化できんのか?」
「放っとけよ。気でも違ったんだろ」
最近顔の広いジャスティンが交流を深めていたA中隊員らは、振り向きもしない相手にチョコレートバーを投げ付けた。
レーションに入ったそれは馬鹿みたいに硬いが、ジャスティンの好物だ。
どうやら遠回しに元気づけたいらしい。ダンの主観かもしれないが、第1大隊の連中は基本気の良い奴が多かった。軍隊特有の、頭の弱い言葉遣いは兎も角。
「悪いな、今度はお礼くらい言えるよう躾けとくよ」
「いや良いさ…えーと、名前何だっけ?俺はサム・パディック」
「ダン・リーガン。宜しく、サム」
握手を求めると友好的に応じた相手は、咥え煙草の口端を上げてニイと笑った。これもダンの主観だが、A中隊はデキる奴が多かった。
ブラックウェルと言う軍神の命令を理解し、実行するだけの能力を持った人間が集まってこそ、あのような戦績を叩き出せるのだ。彼らが前線に追いやられる現状も、致し方ないのかもしれない。
「…おいパディック」
そこで、窓の外に視線をやりっ放しだったジャスティンが漸く言葉を発した。同時に、モーションで此方に来いと訴えている。
サムが煩わしそうに近寄ると、ジャスティンは視線を外さぬまま其方を指した。メインストリートの路上で、A中隊員が上官に胸倉を掴まれていた。
「――出たなあの糞将校め、撃ち殺してやる」
静かな怒りを湛えた目つきで、サムは物騒な台詞を囁いた。
以前から執拗に絡んで来た上官だった。名前は確か、ジョージ・グラント。
そうして更に気に入らないのが、あの男の目的が自隊の指揮官・ブラックウェルにある事だった。頭の悪そうなツラをして言い寄るのを目撃する度、A中隊員らは嫌悪感を隠そうともせず睨み付けたものだ。
「第1小隊だな、気の毒に」
「話を聞いてみるか?どうせ古桶戦争より下らないに決まってる」
「止せよ、お前が出てくと面倒だ」
馬小屋のささくれ立った窓枠から様子を窺いながら、サムらは仲間の危機にひそひそと言葉を交わした。
ダンは特段あの上官と面識があった訳ではないが、彼のそう言った余り宜しくない噂はごまんと耳にしていた。そもそもが士官学校を出て成績もぱっとせず、未だ燻ぶっている組の人間だ。その時点で彼に対する隊員の評価は頗る低いものだった。
既に軽く人だかりの形成されたメインストリートで、件の上官は尚も胸倉を掴んだまま何事か喚いていた。いっそ第三者のフリをして俺が出るか、とダンが腰を上げかけた時、ふと周囲に静寂が訪れた。
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