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「ああ、マジか」 ダンの隣にいた金髪の隊員が呆然として呟く。 「ブラックウェル少尉だ」 皆が固唾を呑んで見守る中、一際小柄な将校が騒ぎの根源の間に割って入った。それから逆にグラントの襟を締め上げ、恐ろしく獰猛な目つきで相手を睨みつけた。 「俺の部下に何か用か」 寒気を呼び起こす程の冷めた声音で問われ、今しがたまで吠えていたグラントすら気圧されて言葉を飲み込んだ。小柄な体躯の何処にそんな力があるのか。 絞め殺さんばかりの勢いで迫るブラックウェルに、先程から背後に庇われていた部下が物申しかけて止めた。 「貴様…ブラックウェル…!手を離せ…!」 「てめえこそ自分の立場を弁えたらどうだ」 メインストリートは今や異様な緊張感に包まれていた。 。漸くグラントを解放したブラックウェルが、降下ジャケットから取り出した何かを無造作に放った。慌ててグラントが手を出し受け止める。 指の隙間から正体を見たグラントは目を見開いた。降格を示す、准尉の階級章が鈍く光っていた。 「コイツに手を上げた用向きを話せと言ったんだ」 静かな怒りを湛えた目だった。今や、ブラックウェルは階級上、グラントの上位に位置している。 その意味を理解したグラントは盛大な舌打ちをすると、早々に相手と距離を取って「大したことじゃない」と吐き捨てる様に返した。 そして睨みを利かせたまま、半身だけ此方に向けて後ずさると、最後の抵抗とばかりに声を荒げてブラックウェルに暴言を寄越した。 「…アッカーソンの雌犬が調子に乗るな!せいぜい祈ってろ、這い蹲って俺と親父の靴を舐めるまでな!」 実に頭の悪い台詞だと、居合わせた隊員が呆れるのも無理は無かった。肩を怒らせて去って行く愚かな男を見送った後、ブラックウェルは時の止まったメインストリートで一人煙草に火を点けた。 少尉、と背後の隊員が何事か言い掛けた。ヘーゼルの瞳が一瞬ちらりとそれを見やり、手にしていたラッキーストライクの箱を押し付けた。 「お前は救護所に行け。それは、いい…後にしろ」 代わりに隊員から配給品のチェックリストを取り上げ、ブラックウェルはさっさと踵を返して歩いて行く。 そこで漸く殴られて口の端が切れている事に気付いた部下が、何か御礼を伝えようとした頃にはすっかり後ろ姿になっていた。 その場に居たものは皆同じ心地だったのかもしれないが、ダンは呆気にとられて終ぞ言葉を発さなかった。噂伝いに出来あがっていたブラックウェルという人物像が、彼の中で瞬く間に崩壊し始めた。 微動だにしない他隊の2人を見て、サムが金髪を落ち着かない様に掻き毟り、愚痴を零す。 「…俺は最近、あの人がちっとも軍隊に向いてないんじゃないかって思うよ。俺らに優し過ぎるんだ、何時だって。俺が少し呻いただけで、戦火の最中脚を止めて振り返る。置いてってくれねえんだ」 着任した日、何より真っ直ぐ此方を射抜く目に驚かされた。誰一人蔑にされた事なんて無かった。 そう口々に漏らすA中隊員らが、今までどんな気持ちでブラックウェルの下戦ってきたのか…。事情を悟った現在、ダンは素直に彼らの境遇に羨望を抱いたのだった。

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