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その事件以来、ダンはジャスティンとは異なる意味で、ブラックウェルの姿を無意識に追う癖がついた。面白い事に真実がどうであれ、彼を畏怖の対象たらしめる噂は次々と量産され、程度を増して行くように思われた。 A中隊員らも訂正の文句すら挟まず、寧ろ吹聴しているのは彼らではないかと言わんばかりの態度だ。其処には何となく、”余計な輩は近づかんでいい”という彼らの有刺鉄線が垣間見えた。 そして作業の傍ら、ダンがブラックウェルを観察したところ(専ら、他隊の指揮官故に遭遇する機会は無かったが)、幾つかの法則性が分かってきた。 その1。彼は大半マクレガー大尉と共に現れては連れ立っていった。 マクレガー大尉とは何を隠そう、”英雄”アッカーソン少佐の大親友で、師団の英知とまで言わしめた情報将校である。 今は連隊付きとして暗躍しているらしいが、度々現場にも現れては部下と酒を呑み交わしていた。 そのマクレガーとブラックウェルは、察するに相当仲が良いらしかった。一匹狼を絵に描いた様なブラックウェルが談笑している姿は、始めの頃は見間違いかと何度もダンは目を擦ったものだ。 続いてその2、特定の上官には兎に角態度が悪かった。 態度が悪い…と言うべきか、露骨に殺意すら滲ませて終始睨み付けている状態だった。 なんせブラックウェル少尉には敵が多い。と言うのも、彼が目下忠誠を尽くすアッカーソンを妬み、隙あらば足払いを謀る将校に端から噛み付いている所為である。 最後に、その3。 これはダンの勝手な思い込みかもしれないが…当のアッカーソンが現れると、ブラックウェルは途端に借りて来た猫の様に大人しくなった。 会議中にも口を挟む事無く黙々とアッカーソンの補佐に徹し、意見を求められるとぎこちなく賛同の意を述べる。その姿は、普段の目つきを険しくして孤高に徹している彼からは想像すらし難かった。 「…少尉はアッカーソン少佐に両親と兄弟と祖父母の命でも救ってもらったのか?それとも致命的な弱みでも握られて強請られてんのか?」 同じく気付いてしまったジャスティンが唖然として呟くと、ダンはどうだろうと首を傾げながら相棒(カービン銃)の整備を再開した。 実は強烈なカリスマ性を有するアッカーソンに心酔している人間はさほど珍しくなかった。ダンですら、先日無駄な斥候を提案した連隊長を一蹴した彼には痺れたものだ。 「まあ確かに妙な光景ではあるよな」 「大嫌いなパターソンのおっさんが居るのに、あの毒気の無い少尉を見たか?いや、さっきから睨み付けてはいるが…」 さながら猛獣使いの様に手綱を握るアッカーソンは、無意識なのかはたまた計算なのか。パターソンがあからさまに彼らを煽る度に、眉根を寄せる部下の肩に手をやり大人しくさせていた。 完全に面白がっているマクレガー大尉はと言えば、当人らのやり取りを見て爆笑していたが。

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