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「ヘイ、ヘイ!――ジャスティン!」 納屋の影から上官の観察に徹していた2人の元に、軽快な足取りで同僚が走ってきた。かと思えばジャスティンは可哀想に、思い切りシャツの襟ぐりを掴まれて噎せた。 「チンタラやってんじゃねえよ。俺のルガーが懸かってんだぜ、それなのに人数足りないなんざ嫌がらせだろ!」 「…おい、おいその前にジャスティンが逝っちまうぞ」 「良いからお前もさっさと来いよダン。ったく…我が隊のエースが聞いて呆れるぜ」 そもそも俺はお前の隊じゃない、と口を挟もうとしてダンは結局黙り込んだ。グローブ片手にやってきた相手の恰好を見る限り、また例の”対抗ベースボール大会”の真っ只中らしかった。 実の所、ダンは訓練でも実戦においても中隊でトップクラスの成績を叩き出していた訳だが、そのお陰でスポーツ試合においてもすっかり引っ張りだこになっていた。 四方八方から半ば強制的に借り出され、最早どのチームに属しているかも定かではない。昨日の友が今日の敵…なんて事も日常茶飯事だった。そしてブーイングを浴びるている次第だが、本人にとってはまさに迷惑極まりない。 「そもそも何突っ立ってんだ?お前ら…ああ、何だ。ブラックウェル少尉か」 一人勝手に納得した後、されど構うものかとばかりに同僚は無理矢理ジャスティンを引き摺った。哀れにも頸部圧迫から解放されないジャスティンは、切羽詰まった呻き声を上げながらよたよたと遠ざかっていった。 因みにダンは出来れば今回の対抗試合は無視を決め込みたかった。良く分からない我流のルールに塗れたベースボールに赴くよりは、作業の片手間に目の前の上官を眺めている方が有意義だからだ。 視線を戻すと、未だ上官らは路駐したジープの傍らで話し込んでいた。 アッカーソンに右肩を掴まれたままのブラックウェルが、ついに苛立たしげに煙草に手を伸ばして火を点けた。出来た部下は非喫煙者の少佐の前では控えていたようだが、既に限界らしい。 ”少尉はアッカーソン少佐に両親と兄弟と祖父母の命でも救ってもらったのか?それとも致命的な弱みでも握られて強請られてんのか?” 親友が呟いた台詞ももっともで、彼のアッカーソンに対する忠誠は傍から見ても異常だった。一体、何がそこまでブラックウェルを駆り立てるのか。 聞いた所によれば、ブラックウェルは下士官上がりだ。ノースブルックでの功績が認められ、戦地任官で少尉に昇進した英傑である。アッカーソンも昨年までは中隊長として前線で指揮をとっており、2人は直属の部下と上司だった。 その頃から培われた信頼関係が、現在も褪せる事なく息衝いている…とは一般的な見解だが、ダンにはどうも信頼関係だけで片付けて良いレベルには思えなかった。 (ジャスティンの言う通り、脅迫でもされてんのかね) 少佐が視線をやる度、その身に触れる度、心なしか緊張に強張るブラックウェルの姿にダンは殊更首を傾げた。 しかしながら、疑問は偶々目撃した光景によって容易く解かれてしまう事となった。

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