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それはパターソンがジープに乗って走り去り、残された2人が二言三言交わした後の場面だった。 顔色の悪さに気付いたのだろうか。 アッカーソンが部下の体調を憂慮して、実に自然な動きでその頬に触れた。するとまた不自然に身を固くし、ブラックウェルは反射的に半歩飛び退いた。大きな瞳が、まじまじと見開かれて相手を映している。 けれども数秒後、急にいつもの真顔に戻って敬礼してみせると、部下は早々と踵を返して中隊指揮所へと歩き出した。当然、不思議そうに見送るアッカーソンにも関わらず、ブラックウェルはトンプソンを背に歩調を速めて納屋の側を過ぎてゆく。 そうして直ぐ隣を擦り抜ける刹那、意図せずダンは答えを目にしてしまった。驚いて声も出ない一方、それまでの違和感が衝撃と共に全て払拭された。 (ああ、そういうことか) 蓋を開けてみれば、なんと単純明快な事だった。 だが同時に、思考が止まるほど衝撃的でもあった。 逃げる様にその場を後にしたブラックウェルが、眉根を寄せて只管に紅潮する顔を隠そうとしていただなんて。 誰が想像できただろうか、他隊にすら畏怖される軍神が恋をしていた。それも身動きが取れなくなるくらい重症な、盲目的に従うレベルの危うさで。 事実を知ってしまってから、ふと立ち尽くす少佐を見た。 後ろ姿を見送っていた彼の視線からは、どうやっても一部下への深い愛情しか感じ取ることは出来なかった。 ダンに指摘されなくとも、叶わぬ恋であることは本人が十二分に理解しているに違いない。それでも、どうにもならない感情を持て余して途方に暮れているのだろう。 なんて事は無い、どう見ても人間らしいじゃないか。 ダンは微笑み、カービンを拾い上げて納屋の扉を押し開けた。既に小さくなった上官の姿を追い掛け、何を思ったか声を張り上げて引き留めた。 「少尉!」 姿勢の良い背中が、微かに跳ねて機敏な動きで振り返った。動揺に人の気配すら察知できなかったのか、予想外だと言わんばかりの上官にダンは思わず笑いそうになる。 「待って下さい」 「…何だ…急いでる」 「助言を」 訳が分からない顔で此方を見上げるブラックウェルに、ダンは何とも新鮮な気持ちでさらりと私見を述べた。 「もっと自分の欲に素直になるべきかと」 「何を言ってる…?」 「すみません、覗く気は無かったんですが」 無論嘘だ。主語を言わないダンに、しかし何となく言わんとする所を察して、ブラックウェルは表情こそ涼しいものの兎に角居心地が悪かった。 そして妙な勘繰りは止めろと釘を刺そうとした矢先、核心を突いたダンの台詞に閉口して立ち尽くした。

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