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「少佐が好きなんでしょう」 ダンも何故その時それほどまでに、露骨に口に出したのかは分からない。ただ、何も言えずに固まっている上官を目にして、初めて純粋な可愛らしさを覚えたのは確かだった。 ブラックウェルは直ぐに言葉を返そうとして、しかし結局何ら形にならず誤魔化すように煙草を取り出した。 つまらん冗談を吐くなと一蹴すれば良かったものを、一瞬の動揺が酷い気まずさを伴った。 「少尉、煙草が逆です」 部下に指摘され、ブラックウェルは何事も無かったかのようにラッキーストライクを咥え直した。 「……それで、何なんだお前は」 「上官にはあれ程遠慮なく物を言う御人が、色恋一つにそんなに大人しくなるなんて」 「黙れ新兵、お前の妄想を垂れ流すな」 「妄想?…違うとでも?」 「そう言ってる」 「ふむ…そうですか。なら当人にでも意見を聞いてみます」 踵を返すダンに、ブラックウェルは今度こそ目をまん丸くした。 そんな事を聞いてどうするという台詞よりも、余計な事をするなと叫びそうになって寸での所で呑み込んだ。 「ダン待て。何がしたいんだお前は」 「俺を連れて行って下さい」 上官に向き直り、一転して真摯な声でダンは告げた。益々訳の分からない顔をして、ブラックウェルは相手を凝視している。 「後方支援に徹するなんてガラじゃない。どうせ死ぬなら第一線で、貴方の様な指揮官の下で戦いたい」 本題はそれか。呆気にとられたブラックウェルは暫く二の句が継げなかったが、やっと常の冷淡な顔つきに戻って紫煙を吐き出した。 「俺を脅した所でどうなる」 「脅しになってましたか、それは結構」 「…てめえはさっきから喧嘩売ってんのか」 流石に焦燥が苛立ちに代わり始めた上官の様子にも構わず、変わらずD中隊の若きエースは真摯な顔つきで背筋を伸ばしていた。 偶々目にした弱みに付け込んだものの、ダンの思いは兼ねてから燻ぶっていた。A中隊員がこの上官に向ける眼差しを知る度、目の当たりにした人柄を認める度、マリア・ブラックウェルという人間に対して並々ならぬ尊敬を抱き始めていた。 自隊の指揮官も十分に優秀だと思う。 だが、命を懸けられるレベルではない。 空挺師団という当時の新構想、陸軍切ってのエリート部隊に志願したのも、ブラックウェルやアッカーソンの様な優れた指揮官に出逢うが為だった。 目前に立つは、己の理想だ。 そんな鼻白む程に真っ直ぐなダンの視線を受け、ブラックウェルはいつも彼が部下を窘める時に良くやる、眩しそうに目を細めた表情で見返した。 「癪だが…ダン、俺だってお前は欲しい」 過褒に近い評価を浴びた瞬間、ダンは悦びに全身が粟立つのを感じた。 一寸目を伏せ背を向けたブラックウェルは一言、考えると残して今度こそ去って行った。その背中に、先まで動揺にうろたえていた気配は最早微塵もない。 ダンは迷いなく遠ざかる凛々しい姿を、無言で敬礼して見送った。そうして雪原に消えた上官を思い返す内、今度はその意中の相手に俄然興味が湧いた。孤高の軍神をあれ程狼狽させるとは、一体どれ位魅力的な人物なのだろうか。 氷点下で白い息を吐きながら、ダンは内心落ち着かない心情を持て余し、不参加を決め込む筈だった試合に向かうべく空地へと急いだのだった。

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