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「おいエル、待て!面倒な事になった」
大隊本部の人垣から離脱し、今しがた渡された書面を手にメインストリートを横切ろうとした時だった。
アッカーソンは追ってきた親友、キース・マクレガーに腕を掴まれ引き止められた。
ETOジャケットに十字章や銀星章をぶら下げた将校がうろうろする中、それでもアッカーソンの姿は際立って人目を引いた。お陰で、作戦前の喧騒下にも関わらず、マクレガーは労せず彼を見つける事が出来たのだった。
「面倒な事だと?知るか、俺は今からパターソンのジジイに物申してくる」
「O・G作戦の責任者が死んだ。今連隊で持ちきりになってる」
「…何?」
アッカーソンは珍しく息を切らせた親友に、事態の深刻さを悟って向き直った。聞けば、今朝の会議中にいきなり昏倒してそのまま亡くなったらしい。
医師の診断では脳腫瘍破裂だった。葬儀の手配や身内への連絡を急ぐと同時に、連隊は重要なポストの後任に頭を悩ませていた。
そして、関係者全員がふとある人物を思い浮かべた。所属部隊を最強たらしめ、僅か数年で左官の地位に登りつめた男…すなわち、エルバート・アッカーソンの存在を。
「お前に白羽の矢が立った。拒否権は無いそうだ」
「馬鹿言え、俺には大隊の仕事がある」
「それがどうやら近日中にお前の昇進が決まるらしくてな、連隊に来いとオックスフォードがせっついてる」
この情報には流石のアッカーソンも閉口した。
なんせつい数ヶ月前に少佐昇進を言い渡され、やけに華美な大隊事務室の隣の部屋に押し込まれたばかりだったのだ。
権限が増えるのは喜ばしいことだが、この調子では30を過ぎる頃には師団を動かせと言われるのではないか。未だ現場への愛着が捨て切れないアッカーソンとしては、前線から引き離される事に一抹の寂しさを禁じ得なかった。
「無論、名目上の責任者はオックスフォードだ。何にしろ直ぐ会いに行けよ…ああ、それと…」
「未だあるのか」
「ブラックウェルが珍しく頼み事をしてきた」
既に踵を返しかけたアッカーソンだが、相手の報告にまたも足止めを食らうこととなった。
「…マリアが?お前に?何を」
「D中隊に出来の良い狙撃主が入ったと言ったろ、そいつを自隊に引っ張れないかと尋ねてきた。驚いたよ、アイツがそこまで欲しがる奴がいるなんて」
感慨深そうに顎を撫でるマクレガーを余所に、アッカーソンは何とも言い難い表情を浮かべた。
右腕と呼んでも相違無い部下が、思い返せば何か自分にねだるのを聞いた事が無かった。毛程の我儘も口にせず、アッカーソンから見た彼は兎に角聞きわけの良い、有能で従順な部下そのものだったのだ。
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