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それがなにか、名も知らない様な他隊の新兵が欲しいと言う。 尚且つ告げたのは自分ではなく、直属の上司でもないマクレガーであった。アッカーソンが打ちのめされるには十分で、予てから気に病んでいた事をついポロリと口に出してしまった。 「なあ、アレは俺と距離を置きたがってると思うか?」 神妙な顔つきで問われたマクレガーはきょとんとした。 いや、どう考えてもその逆だろうよと否定を挟もうとして、寸での所で口を閉じた。 その場の勢いで、第三者故に把握した事実まで教えてやりそうになったのだ。そんな事をしたら、あの部下は真面目に小銃を喉元に突っ込んで自殺しかねない。 「…開戦から連れ添っていた癖に今更何言ってやがる」 「お前や部下と話してる時、良く笑うだろ」 エメラルドグリーンの瞳に遠くを映して、アッカーソンは「俺と居る時のアイツを見てみろ」と不服そうに言った。 確かに、実際アッカーソンの隣で微笑むブラックウェルなど想像すら難しかった。せいぜい禁煙を貫いて苛々しているか、緊張に眉根を寄せているかのどちらかだ。 ところで見目の良い2人が並んでいる絵面は先から周囲の注目を集めていたが、やがてまた異なるざわめきが起こり始め、アッカーソンは何事かと其方に視線を投げた。 行き交う兵士達がみな脚を止めて阿呆の様に魅入り、将校さえ話をやめて意識を持っていかれ、雑踏を姿勢良く進む小柄な体躯を一心に追っていた。 確かめるまでもない。ブラックウェルだった。 未だ昇ったばかりの金色の陽の中、西洋人形の様に可憐な容貌で歩く姿は、誰もみな溜め息が出るほどだった。 意志の強いヘーゼルの瞳で前だけを射抜き、相変わらずトンプソンを背に外野を気にも留めずメインストリートを過ぎてゆく。 されど怖い物無しのその目が、アッカーソンを捉えた瞬間分かり辛くも揺らぎ、一寸逸れたのをマクレガーは見逃さなかった。 まあ、距離を詰めてきた頃にはすっかり何時もの涼しい顔をして、直前の動揺の気色すら見せず静かに敬礼をしてみせたが。 「マリア、お早う」 少々不機嫌な声でアッカーソンが言った。敏感に上官の不平を察したブラックウェルは、自分が何かしでかしたのかと固まった。 「…おい止めろ。お前だって無意識に威圧するのはよせ。コイツが言動に反して繊細なのは知ってんだろ」 「威圧?誰がするかそんな事。聞いたぞマリア、気に入った人材が見つかったそうだな」 いきなりダン・リーガンの話題を出され、予想外の展開にブラックウェルは面食らった。どうにか肯定だけを返したが、この場でよもやO・G作戦以外の話を振られるとは。 「気にするなよブラックウェル、お前に頼られずに拗ねてるだけだ。大方俺と仲が良いものだから嫉いてんだろ」 「捻くれた言い方をするな。俺が思ったのはただ…」 そこで言葉を切ってアッカーソンは目前に立つ部下を見やった。基地での訓練時代から変わらぬ姿が映ったが、その頃の少し砕けたやり取りは幻に近かった。 「お前の事を、全く話してくれなくなったな。何だ…もう俺じゃ駄目になったか?」 アッカーソンの手が伸びて、陽に透けた柔らかい髪をくしゃりと撫ぜた。頼むからもう勘弁してやれと、マクレガーが思わず目を覆いそうになるのも無理はなかった。 残酷な事にその気も無い癖に、意図せずこの男は掻きまわす様な言動を選ぶ。このままではブラックウェルは何れ耐えきれなくなって、別れの台詞も跡形も無く姿を消してしまうのは目に見えていた。

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