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パシン。 乾いた音が響いて、マクレガーは何事かと顔を上げた。そして部下がアッカーソンの手を振り払った音だと分かって驚愕したが、更に唖然としたのは当のアッカーソンだった。 「…マリア?」 上司の呆気にとられた呼び掛けに、ブラックウェルははっと我に返った。自分のしでかした事を理解した途端、俄かに顔色が青ざめ、呆然としながらもどうにか謝罪を紡いだ。 「も…申し訳ありません…sir、失礼を…」 「…おお大変だブラックウェル、あそこに居るのはお前の上司じゃないか?行くぞ。丁度用事がある」 助け舟を出したマクレガーに思い切り腕を引かれ、ブラックウェルはよろめいた。別にA中隊長に取り立てて用は無いが何でも良かった。マクレガーは可哀想な部下の肩を抱いて、逃がす様に親友の前から連れ出してやった。 背後から何か、アッカーソンが二言三言苦言を寄越した。だが知った事では無い。悪いのはお前だ。マクレガーは言い返そうとした罵詈雑言を呑み込んで、早々にその場を後にした。 「気にするなよ、お前が責められる事なんか一分もねえんだから」 大隊本部が遠退いた頃、マクレガーはモルモットの様に大人しくなってしまった部下に努めて優しく声を掛けた。ブラックウェルは漸く顔を上げ、かと思えばマクレガーの両腕を掴み、人でも殺しそうなツラで良く分からない要求を口走った。 「大尉、取り敢えず俺を全力で殴って貰いたいんですが」 「待て、落ち着け…良いから、ちょっと…止まれ」 交戦中の如き目で迫る部下に気圧されながらも、マクレガーはその手を引いてどうにか階段へと座らせた。手摺りに凭れてラッキーストライクを咥え一息つくと、道路を挟んだ向こう側からA中隊の指揮官が此方を見ているのに気付いた。 その視線が、余りにも熱を孕んでおり、マクレガーは目を細めて紫煙を吐き出す。 なあ、ブラックウェル。お前がそんなに一人の相手に恋焦がれている事を知れば、一体何人の男が悲嘆に暮れるか分かるか。 言ってやろうとして、未だ項垂れている部下を見て止めた。 ついでに慰めに手にしていたソフトケースを差し出そうとして、それよりも早く勝手に火の点いた方の煙草を奪われた。 そのまま我が物顔で吸うブラックウェルを見やって、マクレガーは一瞬虚を突かれた顔をしたが、何を言うでもなく笑って2本目を取り出した。 階級差も年の差もそれなりだったが、2人の関係は最早ただの友人に近かった。丁寧な言葉遣いこそ崩さないが、ブラックウェルは妙な遠慮も計算も、このやけに話の合う男との間には一切持ち込まなかった。 自然に連れ添う機会が増え、そう言えば己も周囲の嫉妬を買う一端である事をマクレガーは思い出した。何時の間にか、妙に厳めしい表情を作ったA中隊の指揮官が此方に近付いて来ていたのだ。 「…大尉、お疲れ様です」 リー・ベネット。古参兵で、いつも先陣を切るリーダーシップから部下の信頼も厚い男。 マクレガーは敬礼する相手の姿をぼんやりと眺めながら、記憶の片隅にあった資料を引っ張り出した。

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