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ブラックウェルが何とも言い難い顔で腕を組む姿を見て、ベネットはどういう訳か、心なしか面白くなさそうだった。記号を辿り紙面に思考を飛ばす部下に、ふと何かが堰を切って無骨な指先を伸ばした。
容易く折れそうな肩が僅かに跳ねた。そっと退路を塞ぐ様に重ねられた、ベネットのやけに熱い手の感触の所為だった。
「…やけに仲が良いじゃないか、煙草の回し飲みなんて」
見ていたのか。
ブラックウェルは粘着質に耳元で響く声に眉を顰めた。特段返す台詞もなく黙り込む部下に、男は至極勝手な解釈でそれを肯定と見なした。
ぎりりと這わされた指先に力が入った。そうして抗えないほどの腕力で、矢庭にブラックウェルは眺めていた地図の上へと押し倒された。衝撃に机が軋み、背中を襲う痛みに一寸息を詰める。
不意打ち極まりない上官の行動に、ブラックウェルは流石に意表を突かれて目を見開いた。煤で黒ずんだ天井を背景にしたベネットが、恐ろしく獰猛な目つきで此方を見下ろしていた。
「マクレガーにも許したのか」
意図の掴めない詰問はブラックウェルを混乱させた。静かに激高する男がまるで異世界の存在に思えて、非難の言葉すら何処かへ行方を眩ませた。
「中尉、何をおっしゃっているのか」
「惚けるな」
「其方こそ語学の試験を受け直した方が良い」
「言って欲しいのか」
「当たり前だ」
「とんだ雌猫が」
「…何を言ってやがる?」
「しらを切るなよ、アッカーソン少佐と毎晩ヤっている癖に」
「なっ…」
今度はベネットも驚愕に目を見開く番だった。
てっきり罵声が来るものと身構えていた矢先、不自然に上擦った声でつっかえた部下はみるみるその頬を紅潮させた。
ベネットは知っていた。低俗な話題が大半を占めるこの環境下で、多少卑猥な表現を吐いた所で照れを見せる人間など皆無な事を。無論この部下だって例外無く、隊員が嗾けた話題に関しても寧ろ上手であしらっていた。
それが何だ。少し上司との関係を揶揄されただけでその動揺はどうした。
図星を突かれた様子とも異なる、察するに純粋な恥じらいで可愛らしく頬を染めて、眉尻を下げて、何も言えなくなってただ此方を凝視するしか出来ない。あの、ブラックウェルが。
一寸たりとも隙を見せない、この畏怖の対象が。
「…そうか、お前は」
答えは明白だった。まさにその様が、初恋を指摘された生娘に酷似していたからだ。
承知した途端どうしようも無くなって、ベネットは今度こそその小柄な体躯に覆い被さり唇を寄せた。我に返って抵抗を試みた腕を易々と掴まえ、この上なく卑怯な己を自覚しつつ、ただ目の前の部下を乱してやりたい一心で言葉を吐いた。
「教えろよブラックウェル、少佐がいつもどうやってお前を攻めるのか…初めに、何処を触るのか」
常のブラックウェルなら、この辺りで間違いなく相手の脛を蹴り飛ばしていた。もしくは黙れと一括した後に、昏倒するレベルの頭突きをかましていた筈だった。
ただ、耳元でベネットに、アッカーソンの名前を出された。
たったそれだけの事だった。
されどそれだけの事で、ブラックウェルのすべての思考回路はその瞬間に一切の活動を止めた。上官の妙に熱い手がジャケットの合間を縫って、更にシャツの下へと遠慮なく滑り込む。
――”少佐がいつもどうやってお前を”…――タダの挑発と頭では理解していながらも、先程のベネットの台詞が幾度となく繰り返される度追い込まれてゆく。
「…っぁ………ふっ…、ぁ」
指先が胸元に届いて執拗に弄り始めると、ブラックウェルは訳が分からないまま殆ど泣きそうな嬌声を漏らした。まさか自分がその様な慙愧に堪えない声を上げるなんて、まったく信じられずに頭が真っ白になった。
驚いたのは上官の方も同じであったが、気に入らない高官にも端から噛み付く狂犬が、自分の下でこんなに追い詰められてあられも無い声を出しているのだ。
途方も無く興奮し、同時に抗えない程の愛しさが込み上がり、ベネットは欲望に駆られて自由を奪った部下の唇を衝動の儘に塞いだ。
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