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「…っ…ふ…」 酸素を求めた隙間に入り込み、小さな肩を押さえ付けて舌を差し入れた。一際大仰にその身が跳ね、悪足掻きに近い手がベネットの上着を掴んだ。 その指先を捉えて、愛しむ様に絡め、地図の上に縫い止める。追い詰めて口内をじっくりと味わえば、息苦しさなのか恐怖なのか、やがて明確にブラックウェルの身体が弛緩していくのが分かった。 ベネットは手探りで器用に降下ジャケットの留め具を外した。そうして薄いシャツをたくし上げ、陽の目を知らない滑らかな肌を暴いた。 余りにも扇情的な光景に、思わず喉を鳴らしていた。自由を奪われ、涙を湛えて呆然と此方を見据え、息遣いに震える肢体を晒して、ただ手を伸ばされるのを待つだけの、可哀想なまでに追い込まれた己の部下。 「…マリア」 初めて口にした名前は吐息に近かった。 合同演習で一目見た時から、ずっと自分のものにしたくて堪らなかった。誰かがその肩に触れる度、苛立ちと焦燥感に苛まれてどうにかなりそうだった。 「俺は…お前を」 愛してる。 告げようとした台詞がドアの開閉音に掻き消された。 反射的に振り返ったベネットの背後で、時が止まったかの様に二等兵が立ち尽くしていた。 半身を向け、出て行けと追い払う手前、ふと顔貌が目に入った。 ベネットはこの二等兵を知っていた。補充兵として加入して間も無いながら、妙妙たる戦績を叩き出す出色の狙撃手として噂になっていた。 名を確か、ダン・リーガンといった一兵卒は、驚愕に目を見開いていたのも束の間だった。ベネットの身体越しに拘束されたブラックウェルの姿を認めるや、実に剣呑な目つきに変わり、遠慮の無い物言いで口を開いたのだった。 「貴方に呼び出しが掛かってましてね。さっさと向かって頂けますか」 腕を組んで壁に背を預け、あるまじき態度にベネットは渋面を作る。せめて“サー”を付けろと忠告しようとした矢先、またもやそれよりも早く新兵が言葉を発した。 「…向かわれる気が無い様だ。言っておきますが、大隊長の呼び出しですよ」 “大隊長”の部分を殊更に強調してダンは言った。 ぴくりと、不愉快そうに相手を睨んでいたベネットの顔が引き攣った。脳裏に冷酷な目をしたアッカーソンが浮かび、小心な男の背筋に一筋の汗が伝う。 「まあ仕方ない、取り込み中とお見受けします。少佐には俺の方から申し上げておきましょう。勿論、“理由”も添えて」 「待て、作戦会議だろう。直ぐに行く」 舌打ちでもしそうな顔でやって来た上官を見て、ダンはつまらない野郎だと鼻で嗤ってやりたくなった。 そのままベネットは振り返る事無く、早々にクロークの外套を掴んで部屋を後にした。大仰な音を立てて扉が閉まった後、再び小鳥の囀りのみが事務室を満たした。 ダンはベネットが去るや壁から背を離し、半身を起して呆然と此方を見るブラックウェルに歩み寄った。脱がされて露わになった肌と、僅かながら怯えを滲ませたヘーゼルの瞳に、訳も無く苛立って頬を張ってやりたくなった。 多分、上官でなければ遠慮なく殴っていたに違いない。状況からして相手に何ら非が無いのは見て取れたが、漠然とした行き場の無い蟠りが矛先を求めていた。 苛立ちながら子どもの世話を焼いてやるかの如く、些か乱暴に上官のジャケットの留め具を直した。驚いて目を丸くする相手を余所に、ものの数秒で終えると解けていた靴紐もついでに結んでやる。

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