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「それから、これは個人的な質問だが…」
アッカーソンは尚も話を続けたが、惜しくもその先を知る事は叶わなかった。表通りが俄かに騒がしくなり、叫び声がその場を凍りつかせたのだ。
視界の端で人間のシルエットが塊となって転がった。言葉を発する前に、灰色の何かが2人の眼前に音も無く飛び込んだ。
迫る刃先を認識した瞬間、ブラックウェルの思考は即座に答えを導いた。最も優先されるべき事項は、ブレる事無く明確に定まっていたからだ。
右手が人の反応速度を超えて、真っ先に上官の首元に向かう凶器に伸びた。一寸の躊躇もなく、弾丸の如く突っ込んで来た刃を素手で握り締めていた。
夥しい血液が飛び散った。
漸く視認出来た敵兵の顔が、鮮血に塗れて驚愕に歪んだ。
肉を裂いて尚、離さないブラックウェルに狂気を感じて汗すら滲ませる。
そうして息つく間もなく床に沈められ、口内に拳銃を突っ込まれた。喘鳴して空を見上げると、鉛よりも鈍く光る眼が殺意を滲ませて見下ろしていた。
「少佐…っ!!ブラックウェル少尉もご無事ですか!?」
息急き切って捕虜に逃げられた警備係が現れ、惨状を目にして驚愕に思わず立ち竦んだ。
「衛生兵を呼べ!」
アッカーソンが背後から部下の手首を掴み上げ、慌てふためく兵士に命令を飛ばした。流血の止まらない傷口を確かめると、ぞっとする程深く達しているのが見て取れた。
アッカーソンは手首を捉えたまま、全身に未だ殺気を纏ったまま立っている相手を睨んだ。
飛散した血を拭おうともせず、上半身も赤く染めた部下の目にはまるで生気が感じられず、凡そ感情を消失してしまった猟犬のそれだった。
叱責を口にする前に近くに居た衛生兵が飛んできた。手を離したアッカーソンに代わり、彼は傷口を調べると直ぐにサルファ剤をかけ止血を施し始めた。
「早急に救護所に向かって下さい。神経が切れてる可能性があります」
「分かった、悪いがジープを回してくれるか」
「Sir、直ぐに」
衛生兵は再び踵を返して表通りに走って行った。
ブラックウェルは先程から一言も発さずに、下士官らに拘束される捕虜を見据えていた。
目元を汚す血を拭ってやりながら、アッカーソンは抑揚の欠片も無い声で部下に問うた。
「…マリア。お前は、俺が死ねと言えば理由も聞かずに死ぬのか」
ブラックウェルは答えなかった。ただ、何を今更という目で上官を見ていた。
盲目的な愛に作り上げられた狂気は、哀れにも両者の関係を望まぬ方向へ追いやり始めていた。
「そんな部下は要らない」
にべも無くアッカーソンは言った。
それから背を向けて表通りに路駐したジープに向かい、運転手を掴まえて後部座席を空けさせた。ブラックウェルは地面に足を縫い止められたまま、呆然と告げられた言葉を反芻していた。
再び垂れ下がった右手が、次々と雫を落として地面を濡らした。
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