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「――てっきり少尉は無神論者かと」
零れた台詞に、ブラックウェルは半身を此方に向けて口を開いた。
「俺はそうだが、アイツらは殆どカトリック信者だ」
上官はもう用事は済んだのか、祭壇に背を向けてゆっくりとダンの方角へやって来た。右手に巻きつけられた包帯に血が滲んでいる。
咄嗟にすれ違いざまに薄い肩を掴み、その姿を引き止めた。驚いて右手を凝視しているダンの隣で、ブラックウェルはいつもの無表情でぼんやりと聖堂を眺めていた。
「ダン、転属願いを出そうと思うんだ」
出し抜けにブラックウェルが呟いた。ダンは訳が分からずに黙り込んでから程無く、はっとして右手に現れた怪我に目をやり、嫌な予感で上官の目を見た。
然れどブラックウェルはその視線の懸念を察して、そうじゃないと小さく首を振った。
「分かってはいたが、仕事に私情を持ち込むとロクな事にならない」
上官は静かに耳を傾けているダンの手を、やんわりと肩から下ろさせた。
「俺は」
一寸、言葉を切って視線を合わせた。
降り注ぐ陽光に照らし出されたヘーゼルの瞳が、奇跡の様な色調でダンを魅了した。
「…お前が言った通り少佐が好きだ」
はっきりと言い切った上官の横顔が、強かな美しさを纏って目が離せなくなった。
静かにダンの視界から去ろうとする背中が、肩が、首筋が、肢体が強烈に愛おしかった。
どうしてこんな存在を、少佐は放って置けると言うのか。
黄金色に染まるトンプソンが遠ざかる。殆ど無意識の内に、ダンは声を張り上げていた。
「逃げるんですか」
足取りが止まる。開いた距離を詰めて、憚りもなくダンは上官を捕まえる為の言葉を並べた。
「万が一にも、気持ちが通じる可能性を捨てるんですか」
「ダン、馬鹿を言え」
「貴方は自分の幸福を追求した事は?誰かを犠牲にして生き残った以上、それは権利じゃなくて義務だ」
「ダン」
「振り向かせてみせればいい」
「…出来る訳がない!」
初めてブラックウェルが感情を露わにして部下を睨んだ。
何処か内部に負った傷が開いて、必死に痛みを堪えている様にも見えた。
「出来ますよ」
確信めいた口調でダンが言った。根拠なら十分にあった。
視線の動き一つで、たった一つのセンテンスで、僅かな指先の挙動のみで、こんなにも容易く己を惑わして、遣る瀬無く悲しい程綺麗で。
立ち尽くして悲哀に歪んだ相好の上官を、腕を伸ばして捕まえた。
「貴方が本気になれば、幾らでも」
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