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辿々しい足どりで歩いてきた若い軍曹が、背の高い将校に1枚の紙片を手渡して去っていった。現場を目撃したマクレガーは青春の1コマににやりとしたが、よくよく見れば渡された相手は親友だった。
近づいて可愛らしい子じゃないかと誂うと、アッカーソンは肯定だけ寄越してさっさと仕事の話に切り替えた。
マクレガーが知る限り、この男は非常にモテる。見目が良い、仕事が出来る、堂々としている、マクレガーには理解し難いが惹き付ける要因は多々あるらしい。
そう言えばついこの間連隊付の同僚に聞いた所、目を伏せた際の色気が最高だと豪語していたが、アイツはもう進行しすぎて手遅れだとマクレガーは遠い目をした。
「それでキース、マリアの怪我はどうだった」
アッカーソンが渡した報告書を捲りながら尋ねた。救護所に着いた先でまたもやオックスフォードに捕まり、偶々現れたマクレガーに託してその場を去ったのだ。
返答をしようとした矢先、マクレガーは何かを思い出して顔を上げた。
「お前、ブラックウェルに当たっただろ。謝れ」
「当たってない」
「いや、当たっただろ」
マクレガーの容赦無い追求の目がアッカーソンを射抜く。
「縫合が終わっても死にそうな顔してたぞ。何やらかしたんだ」
「まあ…お前とばかり楽しそうにしているから、つい、こう」
「馬鹿か。いや餓鬼か。良いから早々に頭を下げてこい。俺はもう知らん」
呆れ返って突き放すマクレガーに対し、バツが悪そうにアッカーソンは上着から煙草を取り出す。
慣れた仕草で火を点ける友人を見て、マクレガーはふと疑問に思った事を口にした。
「そう言えばお前、何でブラックウェルの前で頑なに禁煙してるんだ」
「いや、アイツが禁煙してるものと思って合わせてたんだが」
「…別にしてないだろ」
「え?そうなのか?」
マクレガーは顔を覆った。
お前らは、もう少し、コミュニケーションというものを…と言いかけて止めた。
そもそもコイツがもう少し人並みの気遣いを持っていれば、可哀想な部下があそこまで無言になる必要も無いのだ。一体この男の何処が良いんだ。さっぱり不明だ。
板挟みになって早3年。わりと中立を保ってきたつもりのマクレガーだが、最近めっきり部下の方に肩入れしているのは自覚があった。
「で、怪我の具合を早く言えよ」
「20針以上縫ったが神経に問題は無いらしい。感染症も起こしてないし、放っとけば治るだろ。痕は残るだろうが」
「…痕は残るか」
アッカーソンが呟き、明後日の方向を見て黙り込んだ。マクレガーは察していた。あれは恐らく、この男を護るために負った傷だ。
1人ならばあの部下は、あんな冷静さの欠片もない対処はしない。
「もういいからお前、其処のジープに轢かれて死んでこいよ」
マクレガーが面倒臭さから粗略な台詞を投げると、親友は暫く無視して書面を眺めていたが、数秒後に踏み出そうとしていた右脚を無言で引っ掛けてきた。
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