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教会の裏手には主の消えた司祭の居住施設があった。
もう直最も日も近くなろうかという時分、降り注ぐ光が長閑な田舎の民家を神々しく照らしていた。
「おお…山羊がいる」
庭を彷徨く白い生き物に気を取られていると、腕に抱えた上官がまた暴れ始めた。
「降ろせ…!アイツと戯れてろ!」
「少尉、危ないから暴れない。分かりましたから」
雑な扱いに絶句している間に、ブラックウェルは寝室のベッドの上に降ろされた。直ぐさま背中の愛銃に手を伸ばし、あれっと思えばトンプソンを作業台に立て掛けるダンが見えた。
舌打ちしてホルスターから護身用拳銃を抜き、ベッドの縁に腰を下ろした部下に照準を合わせる。サイトの向こうで部下は一瞬ぽかんとしたが、ふっと笑みを零して銃身を捕まえた。
驚いたブラックウェルの、トリガーに引っ掛けた指が硬直する。それを見越していたかの様に、ダンが掴み上げた手首にキスを落とした。
「少尉の弱点を数えてみたんですが…10はありましたね。俺の予想ですが」
面白い程に動揺したブラックウェルから銃を取り上げ、指を絡めて間をつうと撫で上げた。
「先ず、部下は絶対に傷つけられない」
痛いところを突かれてブラックウェルは押し黙った。これが上官なら間違いなく既に死体が転がっている。
捕まえられた右手に、内側から橈骨に沿って舌が這わされた。独特の感触に息を詰め、思わず唇を噛み締めた。
「それから極度に敏感。多分他人に触られなれてない所為でしょうね、ツレも少なそうですし」
「ほんとに殺すぞお前…」
ダンは笑って上官の肩を抱き寄せ、唐突に唇を塞いだ。
油断していた隙間から熱い舌がそっと、奪うかの様に絡みつく。
震える背中が無意識に逃げを試みて、許さない部下に腰から引き寄せられた。
身体が密着する。後頭部をくしゃりと撫でられる。一瞬離れた隙間に、少し熱を孕んだライトブルーの瞳がブラックウェルを射抜いた。
真剣な色に意図せずどきりとした。
そうしている間に、ベッドに沈められ鎖骨に優しく噛み付かれた。間の抜けた声を上げそうになって、必死に手の甲で口元を塞ぐ。
するとまるで恋人にするかの如く、ダンの指が優しく髪を梳く。
壊れ物を扱う様な手つきに、居た堪れなくなって顔を覆った。
片手が使えない今、ロクな抵抗も思いつかず殆どされるが儘になっている。
「その次、流されやすい」
見透かされた心地で睨むと、部下にしてやったりと言った顔で頬を撫でられた。
「なあ…お前何がしたいんだ」
「この状況で普通聞きますか」
可笑しなものを見る目を寄越すな。ブラックウェルは乱れ始めた呼吸を持て余しながら、覆い被さる男に心の中で悪態をついた。
チャリ、と相手の認識票が軍服から覗いて眼前に垂れる。何が悲しくて20そこそこの部下に好き勝手されなければならないのか。
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