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「何も泣かなくても…」 「…まぇがっ、…ろって、い…っ、」 最早何が言いたいのかよく分からないが、ダンは衝撃的な映像にさすがに罪悪感の方が勝ったらしかった。溜息を吐き、ぼたぼたと涙を流す相手を抱き上げ、膝に乗せて自分の胸に引き寄せる。 「もう何もしませんよ」 幼子を宥める様に背中を撫で、乱れた髪を整えてやって唇を落とした。腕の中の小さな存在がどうしようもなく愛しく、泣かせるのは本意ではなかった。 頬を包んで上を向かせると、目を腫らしたブラックウェルをじっと見詰めた。黄金の木漏れ日が差し込み、長い睫毛が影を落とす。現れた瞳に自分の姿が囚われる。ゆっくりと真っ黒い瞳孔が僅かに収縮する。 すべてがコマ送りになり、何十秒だって見ていられた。 至近距離で視線を拘束していると、やがて未だ小さくしゃくり上げていた相手の呼吸が落ち着いた。ダンのライトブルーの虹彩を、上官は猫の様にじっと見返している。 そっと肩を抱き寄せ、努めて優しく唇を重ねた。雪の結晶に対するかの様な、触れるか触れないかの境目で、何度も穏やかなキスをした。 漸く相手を開放した時、間近に見たブラックウェルの俯いた顔が、太陽の所為でなく淡く色づいていた。 ダンはその恥じらいに満ちた愛らしい表情を、食い入る様に眺めていた。 「――少尉」 いっそ、俺にしませんか。 つい零れそうになった言葉を、既の所で飲み込んだ。きっと今は何を言っても無駄だ。この少佐馬鹿の頭の中はまさに端から端まで少佐で埋め尽くされていて、己の存在など1ミリ四方でも在れば良い方だ。 「…ああそうだ…残りの7個を教えてあげましょうか」 代わりに、さっきのネタの続きを引っ張り出した。 瞬きを繰り返すブラックウェルに、ダンは笑って手を伸ばし絹糸の様な髪を撫でてやった。 激動の1日を終え、街がウイスキーを透かした様な橙色に染まる。吹き荒ぶ風が刻々と冷たさを増す中、ダンは広大な景色に見とれて橋に吸い寄せられていた。 兵士らは束の間の休息を満喫し、肩を組んで飲み屋へと石畳の上を過ぎてゆく。そんな人波とすれ違い、橋に降り立つと、ダンは手摺に肘をついてぼんやりと川の流れを追った。 ラッキーストライクに火を点け、風に流れる紫煙を眺めている内、ふと人の気配を感じて街の方角を見た。 黒髪を後ろに流した、軍人にしてはやけに品のある…どちらかと言えば貴族に近い雰囲気の男が歩いて来る。 「…マクレガー大尉」 ダンがその名を口にすると、上官は口端を上げて応えた。 彼は至極自然にダンの隣にやって来て、同様に手摺に上体を預けた。 「よう色男。元気か」 「ええ…どうして此処へ?」 「どうしてって、夕陽が綺麗な事以外に理由が要るか?」 真顔でさらりとこう言った台詞を吐けるのは、この人の特権だとダンは思う。男前で言動がやけにスマートで、おまけに非常に察しが良く気配りも上手い。 ダンの尊敬する上司リストにも勿論名を連ねているが、マクレガーは余り表立って出て来ない。連隊付の参謀として、ひっそりと影の如く暗躍している。

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