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「少尉の右手は何があったんですか」
ダンは疑問を唐突に口にした。
雑木林の中に落ちかけた夕陽を映していた瞳が、間を置いて此方を向いた。
「逃げた捕虜が突っ込んできたらしい」
「あの人がその程度で怪我を?」
「エルが隣に居た」
「…ああ…成る程」
瞬時に納得してダンは川に視線を戻した。
どうせ切り付けてきたナイフでも掴んだんだろう。ダンの推察は単純にして完璧だった。
その後ぼんやりと2人して水流の音に耳を傾けていたが、暫くして今度はマクレガーが話題を切り出した。時間が開いた割には、内容は相変わらず件の人物に関する事だったが。
「俺はなダン、ブラックウェルに会う度に奴の短所を3つは話してる」
「…例えば?」
「ロクな知り合いが居ないとか、サディズム異常だとか、上官の生え際に爆笑してるとか…今思えば下らない情報が大半だな、いや内容はどうでも良い。要は正直アイツがあそこまで心酔する理由が知れないんだよ」
曰く“下らない情報”を入手したダンは一寸眉を寄せ、絵の具を塗りたくった様な空に紫煙を吐いた。
遠くから見ている分には崇拝する輩が居るのも無理はないな、と思っていたが。どうやら直ぐ隣で見ていると、矢張り表には露出しない部分が色々目につくらしい。
「“恋は目で見ず、心で見る”って事でしょう」
マクレガーがぎょっとして相手を振り返る。
知っていたのかと言わんばかりの表情だが、注視すれば分かりやすい事この上ないとダンは微笑んだ。
「だから天使が盲目だってか?お前がシェイクスピアなんざ読んでるとは驚きだな」
「そのままお返しします…それで肝心のライサンダーの方は脈無しですか?」
「無えだろう。見ての通り」
絶えず何処か飄々としたアッカーソンの態度を思い返し、ダンは黙って頷いた。知っているのかいないのか、どちらにしても残酷な御人だ。
ダンのジャケットの裾を風が攫った。一面の茜色が西の方角に吸い込まれていく。代わりに散り始めた輝きと共に、端から刻々と闇の侵食が始まった。
「…ブラックウェルは別に一目惚れって訳じゃ無かった。アイツとエルが出会ったのは2年前の8月、506連隊としての基地訓練が開始された頃だ。俺は早々に大隊付に回されたから良くは知らないが、気付けばいつの間にか…アイツがそういう目で見てた」
マクレガーの脳裏に22歳のブラックウェルが蘇る。そして隣に佇むアッカーソンと、2人を苦笑して見守る中隊長の姿。基地の何処か長閑な雰囲気や、反して狂気の沙汰とも言える訓練の日々。真夏の蒸し暑さと青い草の匂い。
すべて如実に当時のまま想起する事が出来る。
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