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あの頃の2人の間には、迂闊に立ち寄れない一種独特の雰囲気があった。言葉不要なまさに以心伝心といった間柄で、酷い時など1日を通して一緒にいた様に思う。 その関係性に変化が生じたのは今年の9月頃、アッカーソンが少佐昇進を言い渡され、空席の大隊長へ早々に引き上げられた時だった。 ブラックウェルは遠ざかる上官と自身との、歩む道のりの違いをまざまざと見せつけられたらしかった。 右腕として傍らに居ることを止め、徹底して忠実な猟犬としての立ち位置に回ったのである。 「要するに、大概ズレてるみたいですね」 2本目に火を点けながら事も無げに言うダンを一瞥し、マクレガーは意外そうに目を細めた。 年若い割にやけに悟った風な青年は、クールな稟性と不思議な親しみやすさが共存していた。 「…お前が相手なら歓迎したのにな」 さらりと零された台詞に、ダンは図らずも挙動を止めた。 気が合いますね、と本音を返そうとして飲み込み、買い被り過ぎだと笑ってそれを流した。 今日中に承認を要する書類を抱え、ブラックウェルはアッカーソンの姿を追って徒広い煉瓦造りの“レストランだった場所”に脚を踏み入れた。 従卒に所在を尋ねるも首を傾げられ、己の勘を頼りに上官の行方を捜す他無かったが、何となく心当たりはついた。 3階のテラス席は夕焼けの絶景を見るにはうってつけだ。 階段を駆け上がると、案の定其処にアッカーソンが長い足を組んで座っていた。 声を掛けようとして一寸躊躇する。 半分は上官の僅かな休息を邪魔し難い気持ち、もう半分は…単純に完成された絵画の様な光景に、見惚れた。 「…マリア?」 先に気付いたのはアッカーソンだった。 その声にはっとして呼び戻され、ブラックウェルは慌てて最後の階段を上りきった。 「お休みの所申し訳ありません、決済待ちの書類が溜まってまして」 「またか?…管理職なんてロクなもんじゃないな」 伸ばされた右手に書類を手渡す。 上官は受け取った羊皮紙の束を西日に照らし、規則的に並ぶタイプライターの文字を追い始めた。ふとその中途で、書面を見据えたまま口端を微かに緩める。 「お前、良く此処が分かったな」 部下は一瞬意表を突かれて黙り、居心地が悪そうに視線を彷徨わせて口を開いた。 「…貴方は夕陽が綺麗な日は決まって特等席に居る」 「そう、良く覚えてたな。俺も当ててやろうか、12ページの見積もりはお前が書いただろ」 「えっ、いや……何故分かったんですか?」 「癖が出てるから。レイアウトの作り方と文体が特に」 上官が言い当てた通り、12ページ目はブラックウェルが大隊の副隊長に泣き付かれて渋々手を貸した箇所だった。と言っても20行にも満たない、本当に概算だけの簡単なものだ。 アッカーソンの翡翠色の瞳が此方を向き、戸惑う相手にソファーの隣を促す。抗えない部下は、仕方なく其処に腰を下ろした。

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