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店主はアッカーソンの階級章を見るや、にこやかに窓際を案内してメニュー表を持ってきた。受け取ったアッカーソンは早々とそれを新兵に手渡し、自分は悠然と寛ぎ始める。 「ダン何が食べたい、育ち盛りだろ」 「いや…さすがにもう身長は止まってますけれども」 「良いから好きな物頼め。会計は全部コイツに付くんだから」 マクレガーが便乗してダンを促す。 向かいではブラックウェルが、「お前少佐の好意を無下にするなんて何様だ。死ね」的な目で此方を見ていた。 「…まあ、じゃあお言葉に甘えて。ところで大尉はもう直誕生日なんですか?」 「ああ、再来週だが」 「日付は?」 「フランク王カールが西ローマ皇帝として戴冠した日だな」 「キリストの降誕日だ、ダン」 分かり難いマクレガーの返答に、即座にブラックウェルがフォローを入れる。脳裏に巨匠サンドロ・ボッティチェリが晩年に描いた大作を浮かべ、つくづく稀有な人だとダンは思わずその日付にすら感心した。 「今年はハミルトンでもやろうか?どうせ質屋に入れるんだろうが」 「入れてねえだろ」 「入れる気満々だったろ」 ダンは親友と小競り合いを始めた“英雄”を密かに観察した。 なんせ度々下士官と飲みにやって来るマクレガーと異なり、二等兵であるダンが間近で拝める機会なんて滅多に無かった。 キャラメル系の髪色を自然に流して、暮夜でも恐ろしく鮮やかなジェイドグリーンの瞳を細める、確かに見惚れるレベルの容姿を有している。 加えて量産されたアイクジャケットすら完璧に着こなす体躯は、高級スーツを纏って誌面を飾るモデルを彷彿とさせた。 ただ中身はと言えば、今日接した限りでは存外に親しみやすい雰囲気を醸し出していた。いや親しみやすい、と言うのは語弊があって、察するに彼の持つ底無しの余裕が相手に不思議な心地よさを与えているのだった。 しかし身内の人間にとっては、だ。 こういう人種は敵になると、冗談抜きで恐ろしい事を知っている。 何しろ可能性の限界が、全く見えないのだ。 「…因みに少佐の誕生日はいつですか」 「10月18日」 天地創造が始まった日か。 押し黙るダンの前に、ウェイターが殊更丁寧にグラスを並べ出した。 「来年まで戦争が長引いたら祝ってやるよ」 「言ってろ薄情者が…マリア、お前は祝ってくれるだろ」 一転して穏やかな視線を投げ掛ける上官に、ブラックウェルはしどろもどろに肯定を返した。 ぼんやりとそれを眺めていたダンが、憚りもなくつい余計な一言を投げる。 「少尉、心配しなくても再来月には聖バレンタインデーという便利な日が…うっ」 対岸のブラックウェルが部下の向こう脛を蹴飛ばした。 2人のやりとりを見守っていたアッカーソンは、「仲良いなお前ら」と一概に的外れとも言い難い雑感を述べた。

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