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3-4
単身走って来た姿に、モーズレイは拳銃を構えかけて留まった。煙の中から現れた兵士は、同じグリーンの軍服に身を包んでいたのだ。
その彼は凄まじい勢いで廊下を駆けて来るや、此方に気付いて瞬く間に距離を詰めてきた。
「マ…」
アッカーソンが何やら言い掛けた。
だが、それよりも早く眼前に現れた兵士が急停止して手にしていたトンプソンを放り投げ、跪いてアッカーソンの両肩を勢い良く掴む。
「――少佐っ…!怪我は…」
思いきり肩で息をして、瞳を恐ろしく炯々と光らせたアッカーソンの猟犬が覗き込んでいた。蒸気した細い首筋を、つうと一筋の汗が伝う。
モーズレイは鬼気迫るブラックウェルの態度に気圧され、完全に空気と化して固唾を呑んでいた。
「…落ち着けマリア、問題無い。お前が直ぐに来た」
瞬きもせず上官を見詰めていたブラックウェルが、漸く安堵して剣呑な光を引っ込め、肩から手を離した。
話には聞いていたが、狂気の沙汰だ。咳払いをして、モーズレイは両者から視線を外す。
やがて階下から一個分隊を伴い、ブラックウェルを追い掛けてマクレガーが姿を見せた。モーズレイは部下を適当に散らせた相手の肩を捕まえ、声を潜めて詰問を始めた。
「キース、貴様結婚していたのか。何故俺に教えない」
「誰だ?バラした馬鹿野郎は…まったく、人のプライバシーを何だと思って…」
「良いから娘の写真を見せろ、お前の所為で俺の出世が遠退いただろうが」
酷い言い掛かりを付けられながら、マクレガーは副隊長殿に階下へとしょっぴかれていった。その背中を見送っていたブラックウェルが、未だ仰向けに転がった状態のキャスに気が付き背負いかけていた愛銃を手放す。
「マリア」
走り寄ろうとした部下を捕まえて、アッカーソンは代わりを隣の兵士に目線で促した。
一体何処から駆けて来たのか。漸く呼吸が平静に戻ったブラックウェルの髪は乱れ、首筋には一線掠めた様な傷跡があった。
上官の瞳が、新たに出来た痣と、未だ包帯の取れない右手を行き来する。
「あのな、お前…」
珍しく困り果てた様に、アッカーソンが中途で言葉を切った。不思議そうに見上げる部下の首筋に手をやり、相も変わらず身を強張らせた姿を呆れて見据える。
「いい加減…」
襟元から覗いた肌に、ふと異なる赤を認めて閉口した。
真一文字に走った痕の下、鎖骨の更に下方、シャツに隠れるかの瀬戸際に見えた、小さな鬱血。
12月の初旬、羽虫すら行方を暗ませた寒波の折、こんな独特の痕を残す原因は他に疑いようも無かった。
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