55 / 105

3-8

「おい」 ブロンドの恐らくリーダー格であろう男が、下品な面を隠しもしない巨漢に顎をしゃくる。丸太の様な腕が伸びてきて、ブラックウェルの肩を捉えようと迫った。 ブラックウェルは本を手放し、躊躇なく男の顔面を殴った。 形の変わった顔面を押さえ、巨漢が上体を丸めて呻く。 「てめえ…やりやがったな!上官の家畜が調子に乗ってんじゃねえぞ!」 「冗談はツラだけにしろ早漏野郎!」 その後は乱闘だった。 ブラックウェルは兎に角蹴りや拳をお見舞いして善戦したが、流石に4対1では分が悪かった。気付けば鼻血で汚れた顔に怒りを滾らせた男が、此方に乗り上げて胸倉を掴み、肩で息をしながら何事かがなり立てていた。 ブラックウェルはまた相手の顔面を殴った。呻いた相手に、間髪入れず殴り返された。 「ッこの雌猫が…気絶するまでナニ突っ込まれなきゃ分かんねえみてえだな!!」 「せいぜいしゃぶりながら泣いて縋ってろ!」 男の無骨な手がジャケットを無理矢理脱がしにかかる。尚も抵抗を止めないブラックウェルは、しかし其処で相手が急にぴたりと手を止めた事に気が付いた。 訝しげに自分を跨ぐ男を見やると、視線が遠くの一点に吸い寄せられ固まっていた。他の取り巻きも同様である。 「…おい、あれ確か…コイツの所の小隊長か」 男の呟きに、ブラックウェルは顎を上げて後方を見た。確かに演習場の向こうから、“仕事が出来る方の”小隊長が歩いてくるのが見えた。 「ちッ…行くぞ、お前これで済んだと思うなよ」 お手本の様な捨て台詞を残し、男が身体の上から慌てて腰を上げた。そして焦ってベルトをカチャカチャ言わせながら、ふらつく取り巻きを伴って兵舎へとすっ飛んで行く。 最後まで下らない連中だ。 ブラックウェルは口元の血を拭い、寝転がったまま呆れて遠ざかる影を眺めた。 入れ替わりで現れた小隊長は、部下の姿を見やり、次いでもう豆粒になったB中隊員らを見やった。 「邪魔したか?」 大丈夫か、でも何があった、でもなく、平静な顔でそんな台詞を吐いた。 一瞬きょとんとした後、何故かブラックウェルは軽く吹き出した。 「いいえ、とんでもない」 「なら良い…手を貸そうか?」 「大丈夫です少尉。有り難う御座います」 自力で手を付き、起き上がると、改めて自隊の指揮官を見上げる。傍らには、本来凡そ彼の役職には関係ないであろう紙束を抱えていた。 オックスフォード大隊長とお茶会と称して、この上官が秘密裏にでかい仕事の手伝いをしているのではないかと、小隊では専らの噂だった。

ともだちにシェアしよう!